第37話 闇市


 色々と考えながら、俺はどこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出している闇市を練り歩く。

 臭いも中々に強烈で、下水と違法ドラッグが入り交じった最低な臭い。


 道端で倒れている人も少なくなく、大半がドラッグを吸ってキマッている状態。

 大通りと同じ街であるはずのに、本当に別世界のような闇市を注意深く歩いていると――見つけた。


 姿を見た訳ではないが、確実にこの足音はテイトのもの。

 流石の俺も、一週間前の足音までは普通は記憶していないのだが、『都影』のアジトでの一件は鮮明に覚えてしまっている。

 若干片足を引きずるような特徴的な歩き方だったのも、記憶していた理由の一つだな。


 とにかく、予想していた通りテイトはこの闇市に姿を隠していた。

 俺は微かに聞こえるテイトの足音を頼りに、テイトの下へと急いで向かった。


 ほとんど崩れかけている廃屋の近くで、小さい女の子を連れたテイトの姿が目に止まる。

 顔が見えないように布で大半を覆っているけど、テイトで間違いない。


「テイト。やっと見つけた」

「――ッ! この姿でも私だって分かったんですか? それより、本当に見つかるとは思っていませんでした」

「……? ねぇ、おねえちゃん。このひと、だあれ?」


 背後から声を掛けたということもあり、酷く驚いた様子を見せて振り返ったテイト。

 そんなテイトを見て、妹さんは心配そうにしている。


「ケイト、ごめんね。お姉ちゃんの知り合いだから、少しだけ家で待っててくれる?」

「うん。……おねえちゃんはだいじょうぶ?」

「心配しなくて大丈夫。すぐに戻るから」


 テイトは安心させるように優しく声を掛けると、崩れかけている廃屋に妹のケイトを一人で向かわせた。

 ケイトが廃屋に入ったことを確認してから振り返ると、小さく俺に向かって軽く頭を下げた。


「お待たせして申し訳ありませんでした」

「別に謝らなくていい。それと敬語もいらない」

「いえ。命を助けてもらった訳ですし、敬語は続けさせてもらいます」


 妹のケイトは四、五歳だったし、テイト自身も十代であることに間違いない。

 しっかりしていると思う反面、これだけしっかりしていても『都影』に入らなければいけなかった環境というのが少し恐ろしい。

 テイトをどこか昔の自分と重ね合わせながらも、俺は話を進めることにした。


「敬語を使いたいというなら別に構わない。……それで、あれ以降どうだったんだ?」

「実は言うと、私も全く分からないんです。あっ、えーっと……お名前って伺ってましたっけ?」

「そういえば、俺は名乗ってなかったな。俺の名前はジェイドだ」


 テイトの名前は聞いたけど、俺の名前は伝えていなかった。

 今更感はあるが、俺はテイトに自分の名前を告げた。


「ジェイドさんですね。覚えました。それでジェイドさんと出会った日以降は、すぐに荷物をまとめて家にしていた場所を出て、この闇市に隠れるように住んでいたんです」

「隠れるように住んでいたせいで情報が入っていないって訳か。探しにきたりとかもなかったのか?」

「なかったですね。一応、ジェイドさんに報告はできるように気を張ってはいたんですけど、『都影』の構成員の噂すら聞いていません。闇市は違法なものも取引されているので、いたとしたら絶対に訪れるはずなんですけどね」

「テイトの話が本当ならば、『都影』の本部は一切動いていないってことか。脱走が多くなり始めた時期に支部長の死。ヨークウィッチの構成員がゼロになって、まだ本部に情報がいっていない可能性もあるな」

「十分に考えられると思います。このまま本部がヨークウィッチを捨ててくれればありがたいのですが」


 テイトはそう言っているが、例え捨てる決断を取るとしても確実に調査には来る。

 犯罪者組織というのは、そういう組織だからな。

 そこから『都影』がどう動くのかが、非常に気になるところ。


 まぁ支部長を殺られている訳だし、本格的に俺を探し出そうとはするだろうな。

 ……まぁ一切の証拠も残していないし、絶対に見つかることはないだろうけども。


「この一週間は『都影』の動きがなかったことは分かった。非常に貴重な情報を得られた」

「そうですか……ね? 何の情報も得られず、私は申し訳ない気持ちでしかないのですが」

「何の情報も得られなかったというのことも、俺にとっては貴重な情報だ。引き続き、身を隠しながら情報を集めてくれると助かる」

「はい。私がこの街に滞在している間は、微力ですが情報を集めさせて頂きます」

「よろしく頼んだ。ただ、あくまでも最優先は身の安全でいいからな。それじゃ……」


 なんというか命を助けるという代わりに情報を集めさせるという、かなりあくどいことをやっている気がする。

 テイトにとっても『都影』の動きは要注意だろうし、ついでに情報をもらっている感覚ではあったんだが……何か金銭でも渡した方がいいのか?


 ただ、俺自身も別に金が余裕がある訳では決してない。

 立ち去ろうとして立ち止まっている俺に対し、テイトは不思議そうに首を傾げている。


「もう一つ聞きたいんだが、テイトは今何の仕事をしているんだ?」

「今ですか? 今は資源集めですね。ゴミ場を漁って、お金に換金できそうなものを妹と一緒に集めています」

「一日あたりの稼ぎはどれくらいだ?」

「銀貨一枚稼げれば良い方って感じでしょうか」


 妹と二人で銀貨一枚。

 俺も自ら金を稼ぎ始め、一般人として暮らし始めたから分かるが、二人で一日銀貨一枚というのは本当に少ない。

 崩れた廃屋に住んでいるし家賃はかからないのだろうが、一食あたりに使える額は銅貨二枚で、それでも一日二食しか食べられないもんな。


 『都影』が極悪組織であったとしても、テイトの食い扶持を潰したのは紛れもなく俺。

 過去の自分と重ね合わせてしまったというのもあり、助けたくなってしまっているが……俺の戦闘を見たテイトを、『シャ・ノワール』に連れていくことはできない。


「あの、どうかしましたか? ずっと考え込んでいる様子ですけど」

「……なぁ一つ提案があるんだが、テイトは冒険者に興味はないのか?」


 悩んだ挙句に思いついたのが、この街で俺の実力を知っているもう一人の人物。

 おもしろ顔の冒険者のトレバー。


 二人をまとめることで俺の情報漏洩に関する問題も解決するし、冒険者となればテイトもそこそこの稼ぎを出すことができるはず。

 それに一人を指導するのも二人を指導するも大差ないし、思いつきにしては良い案だと我ながら思った。


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