第134話 容姿と気配


 テーブルいっぱいに並んだ肉料理を三人で全て平らげ、椅子に座ったまま天井を仰ぐ俺とエイル。

 マイケルは限界手前で食べるのを止めたようだが、俺もエイルも限界を超えても食べ進めたため何も思考することができない状態。


「……うっぷ。これ以上は何も食えねぇ!」

「俺ももう何も入らない」

「二人共食べすぎだね。私はデザートぐらいなら食べる余裕がある状態だよ」


 マイケルはそう告げてから期待の眼差しをアリアーナに向けたのだが、手でバツを作られていた。


「ごめんなさいね。今日はデザートを作ってないのよ」

「そうなのか……。アリアーナさんのプリンは絶品なので食べたかったが、ないのであれば仕方がないですね」

「ぷ、ぷりん! 俺も食いてぇ!」

「だからないのよ。次来るときは作っておくから」


 プリンという名を聞いた瞬間、俺と同じようにだらしなく椅子に座っていたエイルが身を乗り出しながら叫んだ。

 二人してそんな反応をするってことは、相当に美味しいものなのだろう。

 もう何も食えないと思っていたのだが、食べたくなってくるから不思議だ。


「それで、料理の方はどうだったかしら? お口にあった?」

「ああ、最高に美味しかった。ここは料理屋なのか?」

「違うわよ。エイルのためだけに料理を作っているってだけなの」


 俺に質問を投げかけてきたということもあり、ここで初めてアリアーナの顔をちゃんと見たのだが、エイルとは違っておしとやかな雰囲気。

 スタナに似た感じの美人なのだが……マイケルと同じくらいの気配を漂わせている。


 見た目と気配がマッチしておらず、違和感が凄い。

 よく見れば手も腕も古傷がついているため、元冒険者だったのかもしれない。


「そうなのか。この腕前なら店を開けると思うんだがな」

「お褒めの言葉をありがとうございます。喜んでもらえたみたいで良かったです」

「アリアーナ、急なお願いで悪かったな! お金は後でマイケルから受け取ってくれ!」

「もう既に貰っているから大丈夫よ。それで……これからここで話し合いをするのよね? 私は出て行った方がいいかしら?」

「別にいていいぞ! アリアーナに聞かれても困らないしな!」

「んー……。でも、なんだか悪いから外させてもらうわ」


 そう言ってから空となった食器を台所へ運ぶと、皿洗いを始めたアリアーナ。

 それからすぐに部屋に残された三人での話し合いが始まった。


「それで、俺に話っていうのは何なんだ?」

「南のベニカル鉱山でメタルトータスの目撃情報があったんだ! 俺と一緒にベニカル鉱山へ行こうぜ! マグマデルヘッジっていう化け物みたいな魔物もいるみたいだしよ!」


 俺の予想と違った話に思わず呆けてしまう。

 マイケルからの話と聞いていたため、てっきり『都影』関連かと思っていたが……一緒に冒険に行こうという相談だったのか。


「メタルタートルは気になるが、なんで俺——」

「あー、ちょっと待ってもらっていいかね。ギルド長、勝手に話を始めるのはやめてください。私の用件の方が重要なのでこっちから話させてもらいます」

「おい! 俺の話の方が重要だろうが!」

「約束を忘れたとは言わせませんよ。色々と手配したのも情報を仕入れたのも私なんですから」


 久しぶりに見るマイケルの本気の表情に押され、不満そうな態度を見せつつも黙ったエイル。


「話の腰を折ってすまんね。悪いけど、私の用から話させてもらうよ。実は闇市の中心部に『都影』がアジトを建てたのだ。これはかなり前から建ててられていたのだが、最近はどうやら動きが活発になってきたのだよ」

「拠点を東地区から西地区の闇市にわざわざ移動させたのか。闇市には行くことがないから気づかなかったな」


 やはりと言うべきか、マイケルの話は『都影』についてだったようだ。

 それにしても闇市にアジトを建てた――か。


 色々ときな臭さを感じるが、最近は治安が良いと感じた理由も分かった。

 必然的に闇市に悪い連中が押し込められたから、街の中心部は平和になったってだけだったんだな。


「こちらも闇市に留まってくれるなら逆に良いとまで思っていたのだが、そうこちらの思うようには動いてくれなかったのだ」

「ということは、暴れ始めたってことか?」

「まだ被害は少ないが、西地区を中心に『都影』の面々が動き始めた。そして、一人とんでもない実力者が現れたことも確認しているよ」

「とんでもない実力者!? 俺はそんな話聞いてねぇぞ!」

「ギルド長が聞く素振りすら見せなかったからです」


 マイケルがとんでもない実力者というのだから、本当に危険な人物なのだろう。

 

「マイケルは実際に見たのか?」

「ええ、この目で確認しているよ。ニメートル近い大男で、ギルド長に匹敵するくらいのパワーを秘めているのが見てすぐに分かった。既に殺人に強姦に強盗と罪を重ねているが、こちらも兵士も手が出せない状況なのだ」

「……なるほど。ちなみに前回襲われていた人物と比べてどちらが危険だと思った?」

「戦闘のタイプが全く違うから比べづらいのだが、私はこの大男の方が圧倒的に強そうだと思ったね」


 マイケルを襲っていた女も相当な実力者だったが、圧倒的に新しくヨークウィッチに来た大男の方が上か。

 同じ穴の貉だとしたら、大男も俺のことを知っている可能性が高い。

 色々と気づかれる前に……殺しておいた方が安全かもしれないな。


「それで、俺に依頼したいことでもあるのか? わざわざ話をしたということは、何かしてほしいことがあるんだよな?」

「察しが良くて助かるね。実は町長から依頼があって、正式に『都影』のアジトを潰すことが決まった。冒険者ギルドと兵士が手を組んで攻め込むつもりでいるのだ」

「そこに参加しろってことか?」

「いや、君が身分を隠したいということは承知している。だから、襲撃日の前日の夜に私と一緒に敵の主力を数人捕まえてほしいのだ」


 なるほど。

 内容的には、暗殺者時代に行っていた仕事と同じ感じだな。


 俺もその大男は自分の手で殺したかったし、依頼が貰えたことで口実もできた。

 話を聞く限り、俺が殺した『都影』の支部長に匹敵するぐらいの極悪人なのは間違いないし、口を割る前に殺しても構わないはず。


「分かった。引き受けさせてもらう。……ただ、一つだけ約束できないことがある」

「約束できないこと?」

「捕まえるということについてだ。そこまでの実力者なら――前回と同じように殺してしまうかもしれない」


 マイケルは俺が殺した女の時のことを思い出したのか、急に汗を噴き出し始めた。

 この状態のマイケルも久しぶりに見た気がする。


「そ、その辺りは気にしなくて大丈夫だよ。できれば捕らえて欲しいというだけで、極悪組織を相手にする訳だから殺しても罪には問われない」

「そういうことなら良かった。俺で良ければ引き受けさせてもらう」


 言質は取ったしこれで大丈夫だろう。

 例の大男は確実に殺させてもらう。


 他に怪しい人物がいれば口封じもしたいし、色々と話を聞きたいところ。

 夜に動くのであれば、同行するといっているマイケルも一時的に撒くことができるだろうしな。


「ジェイドが行くなら、俺も行きてぇな! 強い奴もいんだろ?」

「ギルド長は駄目です。今回は隠密行動ですので、参加したいというのであれば兵士と冒険者ギルド協同で攻め込む時にしてください」

「そっちはジェイドがいねぇんだろ? それに強い奴を仕留めるってんなら、そっちに参加してぇ!」

「……分かりました。決まり次第、私の方から説明させて頂きます」


 一瞬エイルに反論し掛けていたが、これ以上は言葉での説得は無理と悟ったのか言葉を呑み込んだマイケル。

 恐らくだが、ギルド長にはこのまま詳細な情報を伏せるつもりだろう。


 エイルの強さは俺も認めているが、隠密となったら邪魔でしかないためマイケルと同意見。

 言葉を介さずとも俺とマイケルの思考が一致したようで、互いに視線だけを交わして頷き合った。



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