第146話 逃走


 真っ赤に染まった拳を布で拭き取りながら、死んだヴァンダムを見下ろす。

 何かと理由をつけて殴り殺したが、冷静に考えると即座に殺すのが正解だったかもしれない。


 まぁヴァンダムには異様なほどの死臭がこびりついていたし、尾行をした時にみた悪行の数々。

 それらのことを考えると痛めつけて殺したのは間違ったとは思わないが、マイケルから依頼されて引き受けた以上、無駄に時間を使うのは駄目だった。


 ヴァンダムが大声を出して暴れたせいで、扉の付近には構成員が集まっているのが分かる。

 これならまだなんとかなるためいいが、失敗だと思った大きな要因は恐らく主要の人間が逃げてしまっていること。


 このアジトを取り仕切っている奴もできれば捕まえたかったところだが、こうなってしまったら仕方がないか。

 アバルトにヴァンダム。この二人を仕留めることができたのなら上出来なはず。


 俺はヴァンダムの死体を持ち上げ、盾のように前に突き出しながら部屋から出る。

 部屋から出た目の前には暗い建物内で松明を持った数十人の人間が、武器を構えてこちらを向いているのが見えた。


 部屋から出てきたのがヴァンダムだと思って一瞬安心したところを見逃さず、俺はヴァンダムの死体を前へと投げ飛ばして注意を惹き、一気に二階へと飛び移った。

 下にいる連中は倒れたヴァンダムに驚いており、俺を探すという行為にまで至っていない。


 この隙に二階の侵入した入口からすぐに外へと逃げ出し、外で待機させているマイケルの下へと向かった。

 マイケルはそわそわしている様子だったが、指示通り待機してくれていた。


「マイケル、しっかりと仕留めてきた」

「――おおッ! び、びっくりした……。気配を消しながら背後から声を掛けないでくれ。本気で心臓に悪い」

「そんなことよりすぐにここから離れた方がいい。騒ぎになっているのは気づいているだろ? すぐに外に出てくるぞ」

「そ、それもそうだね。詳しい話は後で聞かせてもらうとして、すぐにここを離れるとしよう」


 外で見張りをしていた奴らも全員騒ぎが起きている建物の中に入っており、今は全ての警戒が建物の中に集まっている状態。

 この隙に逃げるべく、俺とマイケルは急いで闇市を後にして冒険者ギルドに向かった。



 誰とも出くわすことがないまま、俺達は冒険者ギルドにあるマイケルの部屋まで逃げることに成功。

 色々と予想外のことが起こったが、無事に任務は成功したといっていいだろう。


「ふぅー……。なんとか戻ってこれたて良かった。ジェイド、本当に助かったよ」

「貸し一つということでよろしく頼む。明日のアジト制圧は頑張ってくれ」

「もちろん確実に成功させるよ。大混乱した状態で挑めるはずだからね」


 外からでもアジト内の混乱っぷりが分かったのか、自信あり気でそう答えたマイケル。

 主要人物も逃げただろうし、これで失敗したらマイケルとの付き合いを考えるレベルだ。


「そういえば、アジトから逃げる人物は見なかったか? 俺がアジトに入ってから外に出て行った人物がいれば、そいつが『都影』の主要人物で間違いないと思うぞ」

「中に戻って行った人間はいたが、外に出てきた人間はいなかったよ。正面の方は分からないがね」

「そうか。出て行くなら裏口だと思ったが、そうなってくると別の脱出経路もありそうだな」

「逃げ道があると考えるのが自然。地下でも掘っていそうだよ」


 地下通路があったのだとしたら、どう足掻いても捕まえることはできなかっただろう。

 『都影』の幹部を捕まえることができず、軽くヘマをしたと思ったが気持ちが切り替えられる。


「逃げ道の確保はするのが普通か。幹部らを捕まえられなかったのは残念だが、仕方がないな」

「ヴァンダムを始末してくれただけでもありがた……。詳しい話を聞けていないが、始末できたということでいいのかね?」

「ああ、ヴァンダムはキッチリと殺してきた。あと、アバルトと名乗っていた男も殺した。俺の感覚的にヴァンダムよりも厄介そうな男だったな」

「ヴァンダムよりも厄介そうな男? そんな人物がアジトの中にいたのかね!?」

「他にも普通に強い気配をいくつか感じた。『都影』とは別の組織が混じっている可能性が高いぞ」


 アバルトの口ぶりから察するに、別組織なのはほぼ間違いない。

 ただ、反応的にマイケルは気づいていなかったようだ。


「『都影』が別の組織と手を組んでいた……? 私の耳に入ってきていない情報だ。それは信憑性のある情報なのかね?」

「マイケルを襲った女も別組織の一員だったと思う。全て俺の推測でしかないから、マイケルが調べてみてくれ」

「分かった。貴重な情報まで感謝するよ。……それで、その組織の連中がアジトに残っている可能性が高いと?」

「それも分からない。逃げた幹部と共に行動しているか、それとも明日迎え討ちに出てくるのか。そこまでは判別できないな」

「それもそうか。……何はともあれ助かった。もう遅いし、明日も用事があるだろうから今日はゆっくり休んでくれ。別日に色々と報告をさせてもらうよ」

「ああ。アジト制圧の成功を祈っている」


 まだまだ色々と聞きたそうにしていたが、俺のことを考えて話を打ち切ってくれたマイケルに別れの挨拶を告げてから、俺は副ギルド長室を後にした。

 アバルトに関しては俺もずっと引っかかっているが深くは考えないようにし、さっさと帰って眠るとしよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る