第145話 暗殺
アバルトとの戦闘を繰り広げたせいで、誰かに気づかれていないかが一番心配だったのだが……耳を澄ましても人が動くような気配は一切しない。
建物内は警戒が薄く、俺を待ち構えていたアバルトが特殊だっただけ。
仲間を呼ばないまま死んでくれたお陰で、このまま計画通りに事を進めることができそうで一安心。
警戒しつつ慎重に一階へと降りると、酷いいびきが聞こえてきた。
聞こえてくる音の位置からして、ヴァンダムがいるであろう部屋から聞こえてきている。
これだけ大きないびきであれば、足音を消さずとも気づかれることがないように思えてしまうが、気をつけなければいけないのはヴァンダムは異様に勘が鋭いということ。
大きないびきをかいていようが気配を察知してくる可能性が高いため、慎重に扉の前まで移動し、音を立てずにゆっくりと扉を押し開ける。
中は宴会場のような大きな一室で、鼻をつまみたくなるほどの酒の臭いが部屋の中に充満している。
そんな室内の至るところには、大量の酒瓶や料理の乗っていたであろう皿が乱雑に放置されていた。
汚い部屋の一番奥に似つかわしくないダブルベッドが置かれていて、そこに大の字で眠っているヴァンダムの姿を確認。
部屋の中には他の人間はおらず、余計な人間を殺さずに済みそうで良かった。
尾行して女癖の悪さも知っていたため、部屋に招き入れている可能性も考慮していたからこれは助かったな。
ここまできたら、後は無警戒でいびきをかいて眠っているヴァンダムを殺すだけ。
ウーツ鋼の短剣をゆっくりと引き抜き、忍び足でヴァンダムが眠るベッドまで近づく。
わざわざ戦ったりはせず、殺せるならばあっさりと殺す。
俺は大の字で眠っているヴァンダムのすぐ隣まで移動し、そこからノータイムで心臓目掛けて短剣を振り下ろしたのだが――俺が短剣を突き立てるのを待っていたかのように、ヴァンダムの右の拳が頬目掛けて飛んできた。
殴りづらい体勢であるはずなのだが、単純な力だけで無理やり放たれた拳は突き立てた短剣がヴァンダムの体に到達する前に俺の頬に届くと分かった。
即座に攻撃を止めて、飛んでくる拳の回避を優先。
攻撃を止めたことで右拳によるパンチは回避できたが、左足の蹴りは回避できずに拘束する前に壁までふっ飛ばされる。
ダメージ自体は皆無だが、仕留めきれずにヴァンダムの体勢を整わせてしまった。
「無防備な状況を演出したのに回避するとはやるじゃねぇか!! 攻撃する時が一番隙ができるってのは相場が決まっているはずなんだがなァ!」
「俺が部屋に入った段階で気づいていたのか」
「数日前から何かに後を付けられてりゃ、どんな馬鹿でも警戒するだろ! ただ、俺に尻尾を掴ませなかったってのは誇っていいぜぇ!! まぁまんまと誘き出されてちまった訳だけどなァ!!!」
高笑いしながら両の腕を前に突き出し、手をワキワキとさせながら近づいてくるヴァンダム。
その表情や出口を塞ぐような立ち位置を取っていることから、自分が負けるなんて微塵も思っていないのだろう。
これまでの態度を見ても、戦闘で一度も負けたことがないのが分かる。
気分としては獲物を狩る獣のような気持ちだろうな。
「この部屋の入口は俺の背後にある場所だけだぜ! どう逃げ惑うのか楽しみだなァ!!」
「……殺しに来たのに逃げる訳がないだろ」
俺の言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに口角を大きく上げると頭から突っ込んできた。
動きは速いが直線的な動きのため、用意に避けることができ――止まれるのか?
簡単に捌き切れると判断したが、ヴァンダムは床を抉り取るように無理やりブレーキをかけ、右に避けた俺に追尾してきた。
常識を力で無理やり捻じ曲げているため、早くも攻撃が捉えられそうになったが……自分に風魔法を放つことで、こちらも無理やり回避した。
動きは速く、力は圧倒的。
そんな相手と狭い部屋での戦闘なため、エイルの時とは違って攻撃を躱しながら戦うには不利な場所。
癖を見抜いているため避け続けることは可能だが、この狭い部屋で逃げていても仕方がない。
正直あまり好きではないのだが、肉弾戦を挑むとしよう。
ひとまずヴァンダムの攻撃を避けながらタイミングを窺い、飛んできた右拳に合わせて拳を叩き込んだ。
手ごたえはよく、ヴァンダムの馬鹿力も相まって強烈なダメージを与えられたはずだが、返しの左ボディを食らう。
「自ら飛び込むとはご苦労なこったァ!! 良い一撃だったが……俺様のボディを食らったら息が出来ずに動けねぇだろォ!!!」
「別にそんなことはないぞ」
みぞおちに完璧に叩き込まれたが、俺の体は鍛え抜かれた剣のような体。
フィンブルドラゴンのような十メートル越えの化け物の攻撃なら流石に抉られるが、力自慢の人間の拳程度なら余裕で耐えられる。
「がーはっはっ!! 俺の攻撃を耐えられるのかよッ! こりゃあ……初めて面白い戦いができそうだぜェ!!!!」
「期待しているところ悪いが、面白い戦いにはならない」
ヴァンダムの拳を耐えられると分かった今、ここから始まるのは一方的な虐殺。
顔付近の攻撃は避けながら両者互いに一発ずつ殴り合うという――戦闘とは決して言えない我慢比べが始まった。
最初は俺の攻撃も笑いながら受けていたヴァンダムだったのだが、俺のギアが上がってくるにつれて次第にその表情は崩れ始め、焦りからか腰に力が入らなくなり始める。
一発ずつだったのが動きが鈍り始めたことで、俺が二発入れてヴァンダムが一発。
また鈍くなったことで、俺が三発入れてヴァンダムが一発返すというサイクルに変化を始めていった。
戦闘前の余裕の表情は何処へやら腫れた顔は歪み切っており、そしてとうとう――頭を抱えて地面に伏せたヴァンダム。
「ま、待て……! 一回取りし切らせてくれ!! 今日は調子が悪い! 本当の俺の力はこんなもんじゃねェ!!!」
亀のように地面で丸くなりながら叫んでいるヴァンダムに対し、俺は構わず殴り続ける。
この状態になった時点で、背後から短剣を突き立てれば殺せるのだが……ここまできたら、今までヴァンダムに苦しめられたであろう人達の代わりに俺が痛めつけて殺す。
背中の一点を殴り続けたことによって痛みに耐えられなくなったのか、地面に伏せるのを止めて逃亡を試みてきた。
――が、足に力が入らなかったのか崩れ落ち、顔面を地面に強打して這いつくばりながら逃げているヴァンダム。
「……ゆ、許してくれ!! 金ならいくらでもやる!!! 俺はいつだって組織から金を引っ張れる人物だ!! だから――」
命乞いをするヴァンダムに拳を叩き込み、仰け反った体の上に乗って顔面を殴り続ける。
痛みからか泣きごとを漏らしていたものの、すぐに意識が朦朧とし始めたのか言葉にならない言葉を発し始め……
そして、ヴァンダムは苦悶の表情を浮かべながら絶命したのだった。
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