第64話 目指す方向


 テイトは俺があげたガラクタの短剣を懐から取り出し構えると、初っ端から全力で飛び込んできたトレバーとは違い、一歩一歩深く踏み込みながらゆっくりと距離を詰めてきた。

 毎回踏み込みが深いため、どのタイミングで飛び込んでくるかを読ませない歩行法だが、俺から言わせてもらうとまだまだ甘い。


 深く踏み込むことに気を取られすぎていて、上半身の動きが非常に疎かになっている。

 得意の間合いに入る少し前で、頭の位置が少し下がったのを俺は見逃さなかった。


 予測通り、そのタイミングで飛び込んできたテイトは、俺の腹部に短剣を突き立ててきたが――楽々と躱す。

 歩行状態から一気にトップスピードに持っていくことで、緩急も抜群に効いていて良い作戦だが、攻撃のタイミングを読まれたら全く意味がない。


 テイトにとっては練習に練習を重ねた必中の一撃だったようで、短剣を避けられたことに驚きの声を漏らしていたが、すぐに気持ちを切り替えた様子。

 そこからは連続して攻撃を繰り出してきたものの、初撃以上にインパクトのある攻撃を仕掛けられないまま、テイトも約十分ほどで体力がつきて地面に腰を下ろした。


「はぁー、はぁー……。わ、私も駄目でした。め、目の前にジェイドさんは確実にいるのに、実体のない幽霊を斬っているような感覚です」

「安心しろ。ちゃんと実体はあるからな。テイトは初撃がかなり良かった。その後も悪くはなかったが、短剣での攻撃にこだわりすぎているな。格闘センスが抜群だから、頭の先からつま先までを自由に使えるようになった方が良い」

「頭の先からつま先までを自由に……ですか?」

「蹴りやパンチ、相手によっては組みつきなんかも使えるようになると、短剣での攻撃も通りやすくなる」


 とは言ったものの、テイトの攻撃を躱すことができる冒険者がどれくらいいるか分からない。

 シルバーランク冒険者辺りなら一対一で倒してしまいそうだし、元シルバーランクのヴェラと模擬戦をやらせたら面白いかもしれない。

 色々と偽らないといけないが、ヴェラに協力を依頼することも考えつつ、二人の今後についてを決めた。


「ありがとうございます。これからの鍛錬の参考にします」

「ああ、とりあえず二人とも合格だ。一度、これからの方針についてを話し合おう」


 トレバーとテイトを座らせ、このパーティの方針を決めさせる。

 本格的な指導に入るといっても、方針によって鍛え方は大きく変わるからな。


「ジェイドさん、これからの方針ってなんですか?」

「これからどうしていきたいか、だな。金を稼げるようになりたいのか、それとも単純な強さを求めるのか」

「僕はお金を稼げるようになりたいです。元はと言えば、ゴブリンすらも倒せなかったのでジェイドさんに頼み込みましたから!」

「私はできれば両方を目指したいですが、どちらかといえば……お金ですかね。とりあえず今の生活から脱却して、妹に少しでも早く楽をさせてあげたいです」


 テイトはもちろんのこと、トレバーもお金がどうしても必要って理由で冒険者になったんだもんな。

 とりあえず意見は一致しているみたいで良かった。


 この先の指導方針としては、対人間ではなく対魔物を意識して考えよう。

 俺は対人間特化とも言えるし完全に専門外ではあるが、少なくとも二人よりかは上だ。


「二人とも金を稼げるようになりたいって意見ということは、これからは連携を中心に指導していく。来月からは二人だけでは倒すことのできない、強い魔物との戦闘を中心に戦っていく感じでいくが大丈夫か?」

「はい。私なんかが意見することはないです」

「僕もありません! でも、連携ってなんですか?」

「それを今から教える。トレバーがメインアタッカーで、テイトがサポートって意識でいてくれ」


 本来のパーティであれば、盾役に近距離アタッカーと遠距離アタッカー、サポート役とヒーラーの計五人で組むと安定すると言われている。

 俺が昔に仕留めてきた冒険者達も大抵は五人から六人パーティで、役割をキッチリと守ってくる相手は手強かった。


 最後の依頼で殺した勇者のパーティも、俺を舐め腐って勇者一人で来てくれたから楽々瓦解できたが、しっかりと連携を取られていたら結果が変わっていた可能性は非常に高い。

 トレバーとテイトの二人だけのため役割という役割は意味を成さないが、隙間なく攻撃を加えるようにするだけで大分変わる。


「えっ! 僕がメインでいいんですか!? テイトの方が……言いづらいんですけど、強いと思います!」

「ああ。テイトの方が才能があるからトレバーがメインなんだ」


 俺の発言に二人して首を傾げた。

 強い奴が弱い奴に合わせるのは可能だが、弱い奴が強い奴に合わせるのは不可能。

 それにテイトは体を動かすのが上手いため、助攻でもしっかりと攻撃を行えると踏んでいる。


「ちょっとジェイドさんが何を言っているのか、僕には分からないんですけど……」

「やってみれば分かる。まずはトレバーが普通に俺に攻撃しろ。テイトは後ろからトレバーの動きに合わせて攻撃してくれ」

「トレバーの動きに合わせればいいんですね。分かりました」


 言葉で教えるよりも実戦を行った方が遥かに理解できる。

 ということで、早速俺相手に連携を取っての攻撃をやらせてみた。


 最初はトレバーの動きがぎこちなく、後ろから飛び出てくるテイトに対してやりづらそうにしていたが、何度もしつこく注意して気にさせないようにしてからは早くも形になってきた。

 やはりテイトの対応力が素晴らしく、初めてなのにも関わらずトレバーの動きに完璧に合わせて攻撃を加えられていた。


「よし、こんなところだろう。連携については少しは理解できたか?」

「はい! 流れでこう……説明が難しいけど、続けて攻撃できてたのが分かりました!」

「タイミングを合わせるだけでもこんなに違うんですね。トレバーが攻撃してくれる盾みたいで良かったです」

「理解してくれたなら良かった。ここからは連携を深める指導を行う。頭を使うからしっかりと覚えてくれ」


 こうして二人への指導は三時間にも及んだが、ある程度の連携を覚えさせることができた。

 単純な強さを求めず、冒険者として強くなる方へ進んでしまったのは少し残念だが、俺自身も学ぶことが多く何より楽しいのが良い。

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