第90話 試し斬り


 『ダンテツ』を後にしたあと、どうしても剣を確かめたいという二人の要望から、再び平原へと戻ることとなった。

 俺としては現地解散とし、一回宿屋に戻ってシャワーを浴びつつ、休日の残りをどうしようかゆっくり考えようと思っていたのだが……。

 

 ここまでキラキラとした目を向けられたら、断るに断れなかった。

 試し斬りなら二人でもできると思うのだが、どうしても俺に見てもらいたいという謎の要望。


 『ダンテツ』から平原へと戻る間は二人共に終始無言のまま、俺が買い与えた玉鋼の剣をひたすらに凝視していた。

 テイトですら短剣を眺めてはニヤけていたため、その姿を見ただけで喜んでもらえていることは十分に伝わった。


「また平原に戻ってくるとは思わなかった。ちなみに付き合うのは今回だけだぞ」

「無理を言ってすいませんでした。どうしてもジェイドさんの前で使いたかったので」

「僕もそうです! どれくらいの切れ味なのか、ジェイドさんにも見てもらいたいです!」

「とは言っても、切れ味なんか何かを斬らないと分からないだろ。ゴブリンでも探すか?」

「確かにそうですね。オークが残っていれば、比較対象として分かりやすかったのですが……」


 確かに玉鋼の剣ならば、オーク相手でも斬ることが可能だったかもしれない。

 ただ、さっきの巣にいたオークは俺が全て倒してしまったからな。

 強敵相手への使用は来月に取っておくとして、今日はゴブリンで我慢してもらおう。


「残念だが、さっきの巣にいたオークは俺が全て倒してしまった。ガラクタの剣でオークとやり合ったわけだし、今日はゴブリンで試し斬りするくらいが丁度いいと思うぞ」

「ジェイドさんがそう言うのなら、ゴブリンを狩ります! 僕達がゴブリンをいつも狩っている南の林道に行きますか?」

「西の森とどっちが近いんだ?」

「林道の方が近いですね。ゴブリンと一角兎ばかりしか出ませんので、安全なのも良い点です」

「なら、南の林道へ行こう」


 二人に案内されるがまま、俺は南の林道を目指して歩を進めた。

 西の森は一時間半ほどかかるのに対し、南の林道は三十分ほど進んだところに見えてきた。


 西の森と比べると規模は大分小さいが、規模の小ささも含めてルーキーにとってはありがたい場所だろう。

 初々しい様子の冒険者達を横目に林道の中へと入り、ゴブリンの気配を探る。


「右手側奥にゴブリンが隠れている。おびき出すか?」

「えっ!? ジェイドさん、なんで分かるんですか!?」

「気配が駄々洩れだからな。それでどうする?」

「私がおびき出します。ジェイドさんが行っても、なんとなくゴブリンが逃げ出してしまいそうですし」

「いや、俺が行っても大丈夫だが……まぁテイトに任せるか」


 俺の気配は微弱なものしか流していないため、ゴブリン如きが強者と勘付く訳がないのだが、二人が戦う訳だし口は挟まずに見守ることにした。

 テイトは俺の指定場所までゆっくりと近づくと、わざと大きな音を立ててから一気に逃げ出す。


 その動きに釣られたゴブリンは、下卑た笑みを浮かべながらテイトの後を追いかけて来た。

 知能も戦闘力も最低最悪。

 こんな魔物でも王様が現れて群れ始めると厄介になるのだから、数というのは非常に恐ろしいことが分かる。


「トレバー、スイッチと同時に斬りかかって。私はすぐにサポートに回る」

「了解!」


 流れるようにテイトとトレバーが入れ替わり、その流れのままトレバーがゴブリンに向かって剣を振った。

 いつもの感覚ならばここで一撃が入り、怯んだところを二人で絶え間なく攻め続けるところなのだろうが――トレバーに斬られたゴブリンは肩から腰まで一刀両断。


 体と足が完全に離れ、一瞬にして絶命してしまった。

 そんな惨たらしい姿のゴブリンを見て、トレバーはガタガタと震え始めた。


 最初は喜びに満ち溢れているのかと思ったが、どうやらそんな様子ではない。

 剣のあまりの切れ味にビビッてしまったんだろう。


「トレバー、震えすぎだぞ。使った感想はどうだった?」

「こ、怖いくらい斬れますっ! つ、使い方を間違えてしまったら、自分の腕がなくなるんじゃないかって怖くなってしまいました」


 本来、剣というものはそういうもの。

 トレバーが使っていたのは、なまくら刀にも程があったからな。


「それが普通なんだよ。ただ……鍛錬を積む時はガラクタの剣を使うのがいいかもしれないな」

「で、ですね。練習では使い慣れた剣を使います!」

「テイトも震えているが、テイトの場合はビビっている訳ではないよな?」

「はい。トレバーの一撃を見て、早くこの短剣を試してみたくなりました!」


 やはりメンタルも含めて、テイトは戦闘に向いている。

 ただ生きてなんぼのこの世界では、トレバーの異常なほどの臆病さも重要と言えるし、適当に組ませたパーティだが相性は思いのほかいいのかもしれない。


「それじゃ次はテイトの短剣を試そう。各々三匹狩るまでは林道を歩こうか」

「ありがとうございます!」


 それから二人が剣の感触を確かめるのに付き合い、街に戻った頃にはすっかり辺りは暗くなってしまっていた。

 最初は一時間だけって話だったはずだが、今日に限っては丸々一日も付き合ってしまったな。


 全て俺が誘ったことだし、指導も楽しいから良いのだが……。

 時間は有限だし、指導をどうするかのをこれからは事前に決めておいた方がいいかもしれない。


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