第83話 目を引く笑顔


 西の森からヨークウィッチに戻る間に色々と考えた結果、スタナに会いに行くことにした。

 昨日は結局会話することもできなかったし、大丈夫だとは思うが安否確認も兼ねて治療院に向かう。


 金もかなり余裕があるし、『ダンテツ』に行って新しい武器を買うことも考えたのだが、まだこの鉄の短剣で十分。

 マイケルに頼んだ強い魔物討伐の依頼が入ったら、魔物討伐用に武器を新調してもいいかもしれない。


 それと――トレバーとテイト。

 二人ともお粗末すぎる武器を使っているため、『ダンテツ』で武器を買ってやってもいいな。


 銀貨二枚の鉄の武器なら安いし、武器が変わるだけでも戦力が大幅にアップする。

 昨日、様子を見に行かなかった詫びも含め、次の指導日に提案してあげよう。


 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間にスタナが働く治療院に辿り着いた。

 昨日も来たばかりだが、やはり入るのを躊躇うほど綺麗な造りの建物だな。


 何度来ても慣れることはなさそうな建物の中へと入り、スタナの下へと向かう。

 昨日ほど中は混雑していないが、それでもかなりの患者でいっぱいになっていた。


 『シャ・ノワール』も人気に火がついてきたと思っていたが、この人の入りを見てしまうとまだまだと思い知らされる。

 客と患者とでは全く別ものなため、比べるのは色々と違うのだろうが。


 受付前の待合室のような場所で患者と並んで座り、スタナが見えるまで大人しく待機する。

 仕事中に俺から進んで声をかけるというのは違うと思ったため、この対応を取ったのだが……予想以上に患者の数が引かず、スタナの姿が一向に見えない。


 スタナが今日出勤しているのかも気になってき始め、少し中の様子を窺おうか――そう思い始めたタイミングで、診療室から笑顔で出てきたスタナの姿が目に入った。

 患者に笑顔を見せるその姿は、思わず目を向けてしまう力がある気がする。


「あれ、ジェイドさん!? 今日も来たってことは……どこか体の具合が悪いんですか?」


 俺が話しかける前に、俺の存在に気が付いたスタナは慌てて近づき声をかけてきた。

 昨日、今日と訪れた上に声を掛けなかったため、余計な心配をかけてしまった。


「いや、違う。スタナが大丈夫か心配で様子を見に来た。昨日は大きな騒動があったからな」

「何もないみたいで良かった……。わざわざご心配して頂き、本当にありがとうございます!」


 深々と頭を下げたスタナに、待合室にいる患者たちの視線が一気に集まった。

 スタナはただでさえ目立つからな。

 今日も今日とて忙しそうだし、邪魔をしないように俺はさっさと帰るとしよう。


「スタナには色々と助けてもらったからな。とりあえず無事で何よりだ。……それじゃ俺はこれで帰らせてもらう」

「えっ、もう帰ってしまうんですか?」

「ああ、特に体の調子が悪い訳でもないからな。元気な人にも何かしてくれる診察とかってあるのか?」

「あー、い、いえ! そうですよね! 元気なのは何よりなのですが……あっ、そうだ! 少し遅いですがお昼をご一緒しませんか? 空き時間は短いのですがお話したいですし、お時間があるなら是非一緒にご飯を食べたいです」


 大人しく帰ろうと思っていたところに、スタナから食事の誘いを受けてしまった。

 正直『パステルサミラ』で食事を取ったばかりだし、一切腹は減っていないのだが、折角の誘いを受けて断ることはできない。


「時間ならあるし、もちろん構わない。店まで案内してくれると助かる」

「良かったです! それでは行きましょう!」


 スタナと共に治療院を出て、向かった先はすぐ近くの喫茶店。

 いつもここで食事を済ますらしく、スタナおすすめの料理を教えてもらった。


「ふぅー、やっと一息つけました」


 注文してからすぐに運ばれてきたアイスティーを飲みながら、大きく息を吐いたスタナ。

 相当疲れているようで、目をしぱしぱとさせている。


「今日はずっと忙しかったのか?」

「昨日から特に忙しかったですね。冒険者の方も多く来られたので、本当に大変でした」

「昨日は朝から忙しそうにしていたもんな。なんか貴重な休み時間を奪ってしまって申し訳なくなる」

「私が誘ったんですから、ジェイドさんは気にしないでください! それに、一人よりも話を聞いてくださると気持ちも楽になりますので!」

「それならいいんだが……」


 恩が大きいため、俺がスタナを気にかけるのは当たり前なのだが、スタナの方から誘ってくるのはいまいちよく分からない。

 ようやく知り合いの輪が広がってきてはいるが、プライベートで食事にいく間柄の人間なんてスタナしかいないため、俺としては本当にありがたいが……理解できないのが正直なところ。


「それよりも昨日は大丈夫だったんですか?」

「ああ、特に何もなかった。レスリーも怪我とかはない」

「レスリーさんも無事なのは良かったです! せっかく様子を見に来てくださったのに、会話すらできずに申し訳ございませんでした」

「無事な姿が見られただけで良かったから、いちいちに気にしないでいい」


 そんな感じで昨日の会話を行い、スタナが冒険者から聞いた情報を教えてくれた。

 俺は当事者のため全てをより詳しく知っているのだが、打ち明けることなんてできないため昨日のことを振り返る形で、楽しそうに話すスタナの話を聞いた。


 どうやら巷では、ゴブリンキングを倒した謎の冒険者がいるという噂が広まっているらしく、どこからか漏れた魔人の情報とごっちゃになり、“正義の魔人”が現れたなんて話にもなっているようだ。

 色々と誤解を生んでしまっており、楽しそうに話しているスタナを見るとなんだか騙しているような気持ちになる。


 打ち明けたいけど打ち明けられない。

 そんなモヤモヤとした心境の中、運ばれてきた絶品パスタをぺろりと平らげ、俺はすぐに仕事へと戻っていったスタナを見送った。


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