第82話 卑怯な戦法
大剣とはいえ木剣で周囲の木を薙ぎ倒しながら、剣をぶん回す姿は確かに人間とは思えない。
選んだ武器が短剣ということもあり、正面からの打ち合いでは分が悪いと踏んだ俺は、逃げるように木の影に身を潜ませる。
「あぁ!? 試合中に隠れるとかあり得ねぇだろ! 逃げてんじゃねぇぞ!! マイケル、いいのかよ!」
「範囲を特に決めていなかったので……アリじゃないですか?」
「ふざけんなッ! こんな森の中を探すとかあり――」
大声で喚いている隙を狙い、背後に回っていた俺は首元を狙ったのだが――流石に逃げていないことには気づいていたか。
ギルド長は待っていましたとばかり笑うと、大剣を完璧に合わせてきた。
ギリギリで受け流したことで直撃はしなかったが、意外にしたたかだし普通に強いな。
この木の短剣じゃ、有効打を狙うには急所に当てるしかない。
ただ、そのことはギルド長も気づいている。
完全に人間離れしているし木の短剣の時点で俺に勝ち目がないため、試合放棄が正しい選択なのは間違いないのだが……魔法を使うか。
スキルがアリならば、魔法だってありなはずだ。
加減が難しいから拳での殴打をしたくないため、魔法で気を引いて背後を取ることに注力する。
発動させるスキルは【ウィンドアロー】。
木の裏から木の裏へと移動しながら威力を高めた【ウィンドアロー】を放ち、ギルド長を狙った位置まで誘導していく。
一発も当たらず、大剣で完全にガードされているが想定通り。
あくまでも所定の位置まで向かわせることが俺の狙いだ。
「くっそ、魔法も使えんのかよ! 隠れて魔法で攻撃とか、どこまでも姑息な野郎だな! 出てきて戦いやがれ!」
「だから森での戦いは俺が有利だと言っただろ。残念だが、魔法での攻撃はやめないぞ」
大声で叫んでいるが、挑発には一切乗らず淡々と作戦を実行していく。
【ウィンドアロー】を使って上手く誘い込めたところで、中級魔法【ライジングボルト】で動きを止めにかかる。
魔力を限界まで込め、正面から特大の【ライジングボルト】をぶっ放した。
ギルド長に向かって轟音を立てながら襲い掛かり、慌てて魔力を帯びさせた木の大剣で斬りにかかったが――俺が放った魔法は雷魔法。
直撃はしなかったものの、一瞬だけではあるが体が硬直して動きが完全に止まった。
俺は【ライジングボルト】を放ったと同時に背後へと回り込んでいたため、後ろから飛びつき首に腕を回す。
「うぎがああアアア! 卑怯な手ばっかり……使いやがって――!」
両足で腹を挟み、腕でガッチリと首をホールド。
単純な力技で俺の腕を引き剥しにきたが、この状態に持っていったら返す方法はない。
ギリギリと俺の腕に爪が食い込んでいたが、次第に掴む力は弱まっていき――意識が飛んだようで後ろに倒れ込んだ。
馬鹿力で掴まれたこともあり、俺の腕からも多少出血しているがこの程度の傷なら問題ない。
「……………………勝者はジェイド」
ギルド長が負けたことに酷く驚いているようで、口を開けたまま小さく呟いたマイケル。
確かに俺が絶対に勝てないと断言するのも分かるくらい、ギルド長は強かった。
木剣、殺してはいけないという制限があったものの、森の中という有利な地形を生かして反則スレスレで倒したって感じだったもんな。
もっと正面から圧倒したかったが、まぁ負けるよりかは断然マシ。
「どうする? ギルド長は起こした方がいいか?」
「いや、起こさない方がいいね。起きたら、確実に暴れ回るのが目に見えているよ」
「それじゃ放置しておく。殺してはないから大丈夫だ」
「ギルド長すらも倒してしまうって、本当に一体何者なんだね? 木剣じゃ攻撃が通らないし、絶対に勝ち目がない戦いだと思っていたが……まさかひっくり返すとは」
「反則スレスレで勝ったようなものだ。何度も言うが、俺についての詮索はしないでくれ」
「分かっているよ。何かあったら、また追って連絡をする。そのため宿泊している場所ぐらいは教えてほしい」
宿泊先くらいならいいだろう。
既に『シャ・ノワール』で働いていることは教えているしな。
「宿泊先はギルド通りの奥にある『水の郷』という場所だ。何か用がある際は『シャ・ノワール』じゃなくて『水の郷』に来てくれ」
「『シャ・ノワール』? どこかで聞いたことがあるような……」
「俺が働いている道具屋だと以前教えただろ。念押しする必要はないと思うが絶対に『シャ・ノワール』には来るなよ。顔を見せたら絶対に許さないからな」
「……くれぐれも肝に銘じておくよ」
これだけ念押ししておけば、流石に大丈夫だろう。
ギルド長の押しには弱いが、マイケル自身は口は固いからな。
「それじゃ俺は先に戻らせてもらう」
「分かった。……あっ、私に何か頼みたいことはないかね? 今回も含めて色々と迷惑をかけたから、何かできることがあればやらせてもらう」
「強い魔物と戦ってみたい。何か良い依頼が入ったら、次会った時に伝えてくれたら助かる」
「それは私の方が助かる気がするんだが……君からの頼みならいいのか。分かった。良い依頼があったら教えよう」
こうしてマイケルと別れを告げ、最後に気絶しているギルド長の負け顔を拝んでから――俺は一人ヨークウィッチへと戻った。
あっさり倒すつもりが、予想以上に苦戦を強いられてしまった。
ただ、まだまだ時間は残っているため、帰りながら次に何処へ行くか決めるとしようか。
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