第7話 業務内容


 午前中はレスリーがたまに来る客の相手をしつつ、俺に仕事内容の説明をしてくれたお陰で大体のやるべきことは理解した。

 『シャ・ノワール』での俺の主な仕事は接客、帳場業務、品出し、在庫確認、商品の配達の五つ。


 レスリー曰く、この五つがこなせれば一人前の道具屋の店員らしく、プラスアルファで商品開発を行えばモノによっては高値でアイデアを買い取ってくれるとも言っていた。

 商品開発については今は後回しだが、とりあえずの俺の仕事は商品の配達をメインで行いつつ、レスリーの仕事を見ながら四つの業務も行えるようにすること。


 社会経験がなく、体力だけには自信がある俺にできる仕事をレスリーが選んで回してくれた。

 俺の育ての親でもあり雇い主だったクロは、適当に放って置いてできなければ切り捨てるといった考えだったし、その内容は生死のかかる超難度の業務。


 生き残るために肉体だけでなく頭もフルで使い、必死で順応してきた俺に言わせてもらうと、ここは最高の職場でレスリーは最高の上司と言える。

 俺のような使えないおっさんに対しても、丁寧に一から十まで教えてくれるレスリーの役に立つため、少しでも早く一人前になる努力をしよう。


「――とまぁ、俺の店の大まかな業務内容はこんな感じだ! 他の道具屋ではやっていない配達も請け負ってるから大変だが、まぁ逃げ出さずに頑張ってくれや!」

「丁寧な説明のお陰で大体の業務内容は理解できた。雇ってもらった以上は精一杯頑張らせてもらう」

「おお、良い意気込みだな! んじゃ、早速配達を頼むわ! 地図を渡しておくから、ある程度街を覚えながら挨拶がてら配達してきてくれ! 荷物を届ける場所は地図に書いてあるからな!」

「分かった。キッチリと届けてこよう」

「初日だし本当にゆっくりでいいからよ! その代わり、絶対に間違いがないように頼むぜ!」

「ああ、任せてくれ」


 レスリーにそう伝えてから俺は一人奥の部屋へと行き、荷物と届ける家についての情報を確認する。

 荷物は計五つで、全てきちんと梱包されている。


 両手を使わないと持てない大きさが一つ、片手でギリギリ持てる大きさが三つ、手のひらだけで持てる大きさのが一つってとこだ。

 全ての箱を積み上げると俺の身長よりも高くなるため、二回に分けて持っていくとするか。


 距離が一番遠い場所のを残し、まずは二軒分の荷物を手に持った。

 地図と配達する場所は一目で完璧に頭に叩き込んだが、この情報は機密情報ではなく地図も処分する必要もないため一応持っていく。


 一番大きな箱の上に三つの箱を積み重ね、俺は『シャ・ノワール』を裏口から後にした。

 さて、まずは一番近い大通り沿いにある家から向かうとするか。


 正直な話、この間の盗人を捕まえた時のように屋根を伝っていけばすぐに向かうことができるのだが、荷物を抱えたままでは見つかるリスクもあるため、仕方なしに大勢の人がいる中を抜けて配達先へと目指す。

 人と人との隙間を縫って歩き、現状の最速の速度で歩を進める。


 人混みの中を最適ルートで進むのは一種の遊びのようで楽しくなってきたところだったが、最速で進んだこともありあっという間に配達先へと辿り着いてしまった。

 ……地図に記載されてた場所はこの家だよな?


 立地の良い大通りにありながら、一瞬店かとも思うほど大きな一軒家。

 正直、大通りの外れにある小さな道具屋を利用するとは思えないのだが、地図上ではここで間違いない。


 荷物を抱きかかえながら、俺は大きな家のベルを鳴らしてみた。

 ベルを鳴らしてしばらく待っていると、中から出てきたは黒い高価そうなスーツに身を包んだ執事。


「あなたはどなたでしょうか?」

「『シャ・ノワール』で新しく働くことになったジェイドと言う。店主のレスリーに頼まれて荷物を持ってきたのだが、この家で合っているか?」

「レスリーさんのところの方でしたか。合っておりますので、どうぞ中へ入ってください」


 レスリーの名前を出した途端、執事の警戒心が一気に解けたのが分かった。

 ただ、それにしても見知らぬ人間を簡単に家へと招き入れるのは不用心だな――そう思ってしまうのは以前の職業柄かもしれない。


「荷物はそこに置いておいてください。お茶を淹れますが飲んで行きますか?」

「いや、次の配達もあるからこれで失礼させてもらう。お気遣い感謝する」

「――おや。レスリーさんは毎度飲んで行かれますので、今回も美味しいお茶菓子も旦那様がご用意していたんですけどね」


 執事は何故か寂しそうな顔をし、雰囲気的に俺が悪いみたいな空気になっている。

 そこまで言うのであれば、少しぐらいは時間を割いて頂くのが逆に礼儀なのかもと思うが、あと二軒の配達が残っているからな。


「すまない。次来るときは仕事を終わらせてから寄らせてもらう。その時はお茶を頂いてもいいか?」

「ええ、もちろんです。またお願いすると思いますので、その時は是非飲んで行ってくださいね」


 年配の執事に頭を下げてから、俺は一つ目の家を後にした。

 このまま二軒目を目指すのだが……大きな箱は消費したため、荷物がかなり軽くなった。


 この二つの箱ならば片手で持てるし、バレないように屋根伝いで向かうとするか?

 強盗騒ぎのこともあったし、あまりにも早すぎるのも問題だが……だからと言って、ちんたらと仕事をするのは言い表せない気持ち悪さがある。

 これから毎日働くのであれば、俺のスピードに慣れてもらった方がいいと考え、俺は屋根を伝って高速で配達を行うことに決めた。

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