第6話 初出勤


 窃盗犯を捕まえ、道具屋に正式に就職が決まった翌日。

 無一文なこともあり、昨日から何も口にしておらず腹が減ってきたが、金もなければ食べるものもない。


 怪しげな物を持っていると入門を断られる可能性を考え、街に入る前に道中で狩った動物や魔物等の保存食は全て捨ててしまった。

 別に一週間くらいは飲まず食わずでも普通に体を動かせるが、持っていたとしても街に入れただろうし、捨てたことを今になって悔いている。


 空腹を感じつつも今日から働かなくてはいけないため、一文無しの俺にできる最低限の身だしなみを整えてから、ピンク街の格安宿屋を後にした。

 夜はどこよりも賑わっているが、朝はどこよりも静かなピンク街を抜け、大通りの端にある道具屋を目指す。


 そういえば雇ってもらったのはいいが、道具屋がなんて名前なのかを知らない。

 雇ってもらったことに舞い上がって、店を出る時に確認してくるのを忘れてしまった。


 そんなことを考えながら道具屋へと辿り着き、俺は店の前に掲げられた看板をすぐに確認した。

 昨日は一切目にも止めていなかったが、小さいながらも看板は出されており『シャ・ノワール』と書かれていた。


 シャノワールは確か黒猫って意味だったはずで、看板には黒猫の絵も描かれている。

 外観も内装も店名もお洒落なのに、なぜ店主があのスキンヘッドの髭もじゃおっさんなんだろうな。


 俺なんかを雇ってくれたし豪快ながらもよく笑う良い人ではあるが、如何せん見た目がゴツい。

 人のことを言えた義理ではないが、この道具屋があまり繁盛していないのは店主のギャップのせいかもしれないな。

 店名を見てそんなことを思いながら、俺はまだ『CLOSED』がかけられている扉に手をかけ押し開けた。


「おっ、しっかりと朝一番に来たか! 見るからに駄目なオーラを発しているから不安だったが、ちゃんと来ただけでも合格だな!」

「随分と低い合格判定だな。俺としては助かるが」

「それだけ期待値の低い状態で雇ったって訳だ! スタナ先生からの紹介がなけりゃ、絶対に雇っていないしな! ……そんで、これまでは何をしてたんだ? 自己紹介を交えながら話してくれ」


 当たり前といえば当たり前だが、やはり経歴は話さないといけないのか。

 昨日は変な感じで採用されたし、有耶無耶なまま働くことができると思っていたが甘かった。


 さて……なんて答えるのが正解なのだろう。

 暗殺者をやっていましたなんて口が裂けても言えないため、やはり社会経験の一切ない無職でいくしかないか。


「名前はジェイド・クローン。最近まではエルグランド帝国で暮らしていた。仕事をしたことはなく、この仕事が初めての仕事だがよろしく頼む」

「へー、帝国からの移住者だったのか! ……ん? 今、仕事をしたことがないって言ったか!? 一体どういう意味だよそれ!」

「言葉の通りだ。これまで一切仕事をせずに生きてきた」

「意味が分からねぇ。それでどうやって暮らしていたんだ? 親のすねをかじってたのか?」

「まぁそんなところだな」


 俺がそう返事をすると、両手で頭を抱えた店主のおっさん。

 この年で一切の仕事をしたことがないというのは、凄まじいマイナス要素なんだろう。


 冒険者をやっていました――的な嘘を吐くことも考えたが、冒険者には冒険者カードというものが配られる。

 そのことを知っている人ならすぐにバレるだろうし、道具屋の店主なら知っている可能性も高い。


 兵士でも身分を示す身分証があるし、職種を偽るなら傭兵が一番無難なのか?

 いや、傭兵も暗殺者ほどではないが印象は悪いだろうし、なら無職の方が期待値も低くなっていいはずだ。

 店主のおっさんが頭を抱えている間にそんなことを考えていると、ようやく考えに整理がついたのか勢いよく顔を上げた。


「……正直、とんでもねぇのを雇っちまったって気持ちは強いが、一度雇うと言ったからには雇ってやる! ただし、スタナ先生の紹介だろうと使えな過ぎたらクビにするからそこだけは覚悟してくれや!」

「ああ。役に立たないと判断したら即座にクビにしてくれて構わない。どうかよろしく頼む」


 腕を組んで温情をかけてくれたおっさんに俺は深々と頭を下げた。

 見た目に似合わず、相当に良い人だな。


「んじゃ、俺の自己紹介をさせてもらう! 俺の名前はレスリー。十年前ほど前からこの店をやっていて、道具屋を開く前は冒険者をやっていた!」

「道理でガタイが良いと思った。元冒険者だったんだな」


 元冒険者っていう下手な嘘をつかなくて良かった。

 レスリーが元冒険者なら、俺の嘘は一発で見破られていただろうな。


「そうだ! これでもシルバーランクまでいった一流……とまではいかないが、ちゃんとした冒険者だったんだぜ! 俺の店で何か悪さしようとしたら、腕っぷしで懲らしめるからやめておいた方が身のためだぞ!」

「そう警戒しないでも、雇ってくれた店で悪さなんかしない。俺を紹介してくれたスタナの顔もあるしな」

「……てかよ、ジェイドお前本当に働いていなかったのか? 雰囲気もそうだが体つきもゴツくはないけど良い体付きしてるよな? なんとなくだが、俺と遜色ない強さを秘めている感じがするぜ」

「暇だったから鍛えていたっていうのは関係しているかもしれない。体を動かすのは得意だが、決して強くはないと思うぞ。それよりも早く仕事内容について教えてくれ」


 レスリーが俺の肉体に対して疑問を持ち始めたため、なんとか仕事の話を振って誤魔化す。

 暗殺者という仕事柄、動きやすさが第一のためレスリーのような筋肉で盛られた体ではないため外見からでは分かりづらいだろうが、服を脱いだら只者ではないことは一発で見抜かれる肉体をしている。


 自分で言うのもなんだが年月かけて研ぎ澄ました極上の刀のように、一切の無駄がない完璧な体だからな。

 おぞましい古傷も無数についているし、この肉体は一般人として生きていくためには他人に見せることはできない。

 くれぐれも注意をすることを胸に刻みつつ、俺はレスリーから『シャ・ノワール』についてと仕事内容の説明を受ける。


「そうだったな! うっかり昔話に花が咲くところだったぜ! まずは店の情報から教え……とその前に、そのだらしなく伸びた髪だけはどうにかしてくれ! ヘアゴムをやるから後ろで縛ってみろ」


 俺は渡されたヘアゴムを使い、レスリーの言う通り後ろで束ねて髪をまとめる。

 肩ぐらいまで伸びただらしない髪も、まとめたことで少しは見栄えも良くなった気がするな。


「おっ、中々いいじゃねぇか! 年齢は確かに結構いっているが、キリッとしていて顔立ちは悪くないな! かっこよく見えるぜ!」

「髪を後ろで縛ったお陰で少しは清潔感が出たからかもしれない。今後は働く前にこの団子ヘアにさせてもらう」

「団子ヘアじゃなくて、巷じゃマンバンヘアって言うんだぜ! そんじゃ気を取り直して、まずは店の大まかな情報から教えていくからしっかりと覚えてくれよ!」


 俺の身だしなみを軽く整えたところで、ようやく業務内容の説明と入った。

 一言一句聞き逃さないようにし、すぐにでも一人前の仕事ができるように気合いを入れて頭に叩き込もうか。


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