第8話 疑念


 最後の配達場所は、下から行くのであれば複雑な道を進まなければいけないため大回りをしなくては辿り着かないのだが、屋根伝いで上から一直線で向かったため相当速く配達を行えた。

 レスリーから配達の仕事を頼まれてから、三十分かかっているかどうかぐらいの時間で全ての配達を終わらせることに成功。

 慣れればもう少し短くできるだろうが、街を把握し切っていない状態でこの時間は早い方だと我ながら思う。


「お、おお!? ジェイド! もう一軒目の配達を終えて戻ってきたのか! 随分と早いじゃねぇか!」

「……ん? 一軒目でなく、三軒全ての配達を終わらせてきた」

「はぁ? ……いやいや! 三軒終わらせた――はおかしいだろ! まだ三十分くらいしか経ってねぇぞ? 一番近い配達場所でも片道二十分くらいかかるし、荷物を届けるとなったら届けるまでに三十分かかってもおかしくない! それを三十分で店まで戻ってきたんだから早いって言ってんだからよ!」


 あり得ないと身を乗り出して力説するレスリー。

 やはりというべきか、俺を犯人呼ばわりしてきた女性と同様に信じてもらえない。


 やってしまった感は正直あるが……これはどう対応するのが正解なんだろうか。

 どう答えるか迷ったが、ここは誤魔化さずに言葉をぶつけて信じてもらうしかない。


「いや、しっかりと三軒とも配達を行ってきた」

「嘘じゃないのか? ……配達が面倒くさいから適当に捨てたとかじゃないよな?」

「そんなことをする訳がないだろ」

「…………分かった! 営業時間が終わり次第、配達を行ったかの確認を一緒にしに来てもらうぞ! それでも構わないな!」

「ああ、構わない」


 常人離れした速度で配達してしまったせいであらぬ疑いをかけられているが、キッチリと配達をしたことだし、絶対に問題はないはず。

 やるからには全力で。

 こんな俺を雇ってくれた訳だし、元暗殺者だとバレないようにはしつつもこの道具屋を繁盛店にするために全力を尽くす。


「それじゃ今日はもう頼む仕事はねぇから、俺の仕事を見て覚えてくれ! 慣れたら店番とかも任すからな!」

「分かった」


 そう返事をし、レスリーの斜め後ろに立って仕事を見ていたはいいものの……。

 俺が配達を終えてから、営業終了時間までの約四時間の間に訪れた客の合計は二人。

 しかも、その内の一人は商品を見て買うことをせずに帰ったため、正式にカウントできる客は一人と言える。


「……今日はたまたまお客さんが少なかったな! ジェイドに接客をあまり見せられなかったぜ!」

「それ、本当か? 仕事を教えてもらった時に在庫表をチラッと見たが、仕入れも少なかったように感じたしこれが普通なんじゃないか?」

「違うわ! いつもなら五人くらいは客が来てくれる! ……五人でも少ねぇのかな?」


 最初は自信満々に胸を張っていたが、最後の方は自信がなくなったようで小さな声でそう呟いた。

 俺はそういった事情に詳しい訳ではないが、大通りにある大手の道具屋では毎分毎に客が入っているのを見たし、五人は確実に少ないと言える。


「多分だが少ないと思う。雇ってもらってなんだが、俺を雇って本当に大丈夫なのか?」

「最低賃金ならギリギリだが払える! まぁほとんど赤字にだけどな! そんな厳しい経営状況の中、この店の収益を支えているのが配達サービスなんだわ! 他の道具屋は配達を行う労力と人員を割けない中、俺の店は客が少ないから配達を行うことができる! だからこそ、ジェイドに頼んだ配達の仕事が重要になってくるんだが……もう一度聞くが本当に配達したんだろうな?」


 話が大きく一周回り、先ほどの配達の話へと戻ってきた。

 目が本気なところを見るに、レスリーの言っていることは全て本当なのだろう。


「さっきも言ったが本当に配達してきた。心配ならさっきも言っていたが確認に行こう」

「だな! いつもは俺が配達しているところをジェイドに行かせた訳だし、事情説明も兼ねて確認へ行こうや!」


 店の締め作業を終えた後、俺とレスリーは今日の配達先を二人で回ることにした。

 外は既に暗くなり始めているが、挨拶周りくらいならばそう時間はかからないはず。

 まず最初に向かったのは、大通り沿いにある執事もいる大きな家。


「ほら、俺の時計を見てみろよ。ここまで辿り着くのに二十分もかかってるぞ?」

「それは歩くスピードが遅いからだ。俺の全速力なら五分とかからない」

「本当かよ! まぁ今から聞いてみれば分かることだけどよ」


 そう言いながらレスリーが家のベルを鳴らすと、しばらくして先ほどの執事が中から出てきた。

 またやってきたことに驚いているようで、首を傾げ驚いた表情を浮かべながら近づいてきた。


「おやおや、またやってきてどうかしましたか? 商品の入れ忘れとかでしょうか?」

「……嘘だろ? 本当に配達してたのかよ」

「だから何度も言っただろ」


 ぼそりと呟いたレスリーに俺も小さく言葉を返した。


「――いや! 雇ったばかりの新人をいきなり向かわせちまったから、紹介も兼ねて挨拶をしようと思ってきたんだ!」

「そうだったのですか。わざわざありがとうございます。――それでは先ほど振舞えなかったお茶菓子がございますが、召し上がっていかれますか?」

「いやいや! 本当に挨拶をしにきただけだから、気遣いなんかしないで大丈夫だ! また注文をしてくれると助かる!」

「そうですか……残念ですね。ええ、もちろんまた利用させてもらいますね」


 レスリーに合わせて俺も頭を下げてから、大通り沿いの大きな家を後にした。

 これで信用してもらえたかとも思ったがまだ完全に信用できないらしく、そのままの足で二軒目、三軒目に配達を行った家も回って直接確認に向かったのだった。

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