第122話 不屈
昼前から夕方までヨークウィッチの街を駆け回ったことで、宣伝効果がありそうな計五つの店に置かせてもらうことができた。
初日は思っていた以上に苦戦してしまったが、質は間違いないため持ち直すことを考えて売れば大丈夫なはず。
自分にそう言い聞かせつつ、俺は『シャ・ノワール』へと戻ってきた。
物置から入ったのだが、疲れたようにぐったりと座っているヴェラが見えた。
「お疲れ。初日はあまり売れなかったな」
「戻って来たんだ。売れないって言っても、合計で十個は売った」
「十個? あれから八個も売ったのか?」
「勧めたら冒険者が買ってくれた」
これはヴェラ目当てで来た冒険者が、下心で購入したパターンか。
火炎瓶や煙玉の時は良かったが、今回は冒険者がターゲットではないためあまり良いとは言えない。
明日以降は買わないだろうし、一気に売り上げが伸び悩むのが目に見えている。
……ただ、二十個作った内の十個が売れたのは非常にありがたい。
「大変だったようだが、十個売ってくれたのはありがたい」
「……ごめん。私のアイデアだからか、全然駄目だった」
自信があっただけに相当堪えているのか、項垂れたまま謝罪の言葉を漏らしたヴェラ。
いけると思ったのは俺もだし、全部の責任がヴェラにある訳ではない。
それに、まだ初日で始まったばかりだしな。
「気にしなくていい。確かにヴェラのアイデアだが、俺もレスリーも良いと思ったんだからな。それにまだまだこれからだろ。物は確実に良いし、認知されてくれば売れてくる」
「……うん。私も宣伝頑張る」
「ビラでも作って、北の富裕層エリアに貼り出すのもいいかもしれないな。ヴェラに伝手はないのか?」
「私にはないけど、母さんとかならあるかも。帰ったら聞いてみる」
「ああ。聞いてみてくれ」
ようやく顔を上げたヴェラの目は、僅かながら力が戻っているように見えた。
ヴェラの家は一応富裕層エリアではあるし、あの明るい両親なら伝手を持っている可能性が高い。
北の富裕層エリアの宣伝はヴェラに任せるとして、売り場にいるレスリーに報告するとしよう。
「レスリー、戻ってきたぞ。一応、良さそうな店に置かせてもらうことができた」
「そうか! 色々と動き回らせて悪かったな! ヴェラも頑張って十個売ってくれたし、俺としてはかなり満足している!」
「俺の予定では作った二十個の完売だったし、全然満足のいく結果じゃなかった。悪いな」
「んなこと気にすんな! 何度も言っているが煙玉のアイデア料で回収できているし、俺の自作のアイテムはまだ一個も売れていない訳だからな! 金貨四枚もするアイテムが初日で十個売れただけでもすげーよ!」
笑顔で肩を叩いて励ましてくれるレスリーに対し、申し訳ない気持ちが募ってくる。
「本当にレスリーは優しいな。未だに独身なのが意味分からない」
「おいっ! 俺が独身なのは面が悪いからって言いたいのか!?」
「そんなことは言っていない。俺は女性の見る目がないって言ってるんだ」
「俺は今褒められているのか……? それとも貶されているのか……? 褒められるのに慣れていないせいで分からねぇ!」
困惑しているレスリーの表情を見て、思わず頬が緩んでしまう。
常に明るいから、こちらが落ち込む暇がない。
「レスリーの結婚の話は置いておいて、初日は駄目だったけど俺は一切諦めていない。宣伝のためにビラを作りたいんだが、レスリーに作成をお願いしてもいいか?」
「俺だって諦めてねぇぞ! もちろん作らせてもらうぜ! というか、完成度はまだ半分ぐらいだが既に作ってる!」
そう言ってからレスリーは、作りかけのビラを見せてきた。
俺が依頼する前から着手してくれていたのか。
「おお、流石のセンスだな。まだ作りかけなのに良いデザインなのが分かる」
「俺に貢献できるのはこれぐらいだからな! とりあえず今日中には完成させて、明日には複数枚作らせてもらうぜ!」
「本当に頼もしい。俺も俺で動かせてもらう。ビラがあれば動きやすいし、ヴェラにも頼むことができる」
「それなら良かったぜ! 宣伝の重要さはこれまでで散々味わってきたからな! 俺も俺なりにできることやらせてもらう! 大事な従業員二人が悲しそうな表情をしているのは見てられねぇしよ!」
「商才は皆無だが、上に立つ人間としては最高だと思う。……絶対に成功させよう」
「当たり前だ! やるからにゃ絶対に成功させてやる!」
レスリーと拳を合わせ、互いに気合いを入れ合った。
明日以降が重要となってくるため色々な策を練ってから、俺はすぐに魔道具を作成してくれている職人たちの下へと向かったのだった。
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