第121話 プレッシャー
翌日。
いつもよりも早めに出勤したのだが、既に棚には髪を乾かす魔道具が並べられており、売る準備が整えられていた。
ヴェラが頑張ったようで、かなり凝られた作りの棚となっている。
お試し用の魔道具と髪を濡らすための霧拭きも置かれており、準備は万全の様子。
「凄い気合いの入れようだな。ヴェラとレスリーで準備したのか?」
「いや、ほとんどヴェラが準備したぞ! 自分のアイデアだからか、相当気合いが入っていたようで夜中まで作業を行ったいたぐらいだ!」
「ヴェラが自ら夜中まで作業を行っていたって、本当に色々と変わったよな。成長を見れているみたいで少し嬉しい気持ちになる」
「分かるぞ! なんというか親みたいな気持ちになるよな!」
俺の何気ない意見にレスリーも全力で同意してきた。
最初はすぐに帰りたいオーラしか出ていなかったもんな。
金目的ってのも大きいだろうが、本当に色々と成長したと思う。
「口調が変わらないのだけが不満な点だな。性格も成長してくれたらいいんだが」
「まぁあの性格がヴェラだろう! とりあえず開店までに最後の調整を行おうぜ!」
「ああ。手伝わせてもらう」
それからは客の立場になって魔道具がどう見えているのかを入念に確認し、レスリーと二人で微調整を行った。
煙玉や火炎瓶もしっかりと補充したところで、ニアとヴェラが出勤。
街で何のトラブルも起こっていないし、何の憂いもない。
あとは売れるように祈るだけの状態となった。
「それじゃ俺は配達に行ってくる。今回のメインは冒険者じゃないし、午前中も大事だから頼んだ」
「ああ、分かっている! キッチリと売り込むから安心してくれ!」
「私も頑張る。ジェイドも早く戻って来れるように頑張って」
「分かった」
短く返事をしてから、俺は荷物を持って『シャ・ノワール』を後にする。
初日は本当に心臓に悪く、自分の力ではどうにもできないのが非常にもどかしい。
「色々と大変そうっすね! 私は配達専門なので気楽で良かったっす!」
「体を動かして配達をこなすだけだもんな。俺も配達だけの方が気楽だったかもしれない」
「そうっすよね? でも、三人の表情は楽しそうに見えるっす!」
「楽しいことには楽しいな。俺が味わってきた今までの経験とは全く別の感覚だし、この変なプレッシャーも楽しい」
「今までの経験……っすか?」
「いや、なんでもない。ニアも何か思いついたら意見してくれ。『シャ・ノワール』のオリジナルアイテムとして売れるかもしれないからな」
「思いつかないかもしれないっすけど、了解したっす! 何か思いついたらジェイドさんに伝えるっす!」
物置でビシッと敬礼したニアと別れ、俺は配達へと出た。
いつも以上に飛ばして配達を行い、俺の分の荷物をさっさと配り終えるようにヨークウィッチを駆けて回る。
全ての荷物を配達し終えたのが昼前。
飛ばしたこともあり、これまでの中で最速で『シャ・ノワール』に戻ってこれたかもしれない。
物置から店の中へと入り、恐る恐る店の方の確認を行う。
客の入りは……いつもと変わらないな。
ぼちぼちと言った感じで、賑わっていると言う感じは一切ない。
人が押し寄せるとは思っていなかったためここまでは想定内だが、肝心なのは魔道具の売れ行き。
暇そうにしているレスリーを呼び、売れ行きの確認を行うことにした。
「おっ、もう戻ってきたのか!」
「ああ、全力で配達を行ってきた。魔道具の売れ行きの方はどうだ?」
「うーん……正直微妙だな。ここまでで二つ売れたが、客の反応はそこまでよくない」
レスリーはなんともいえない表情でそう答えた。
うーん……午前中で二つだけか。
午後は冒険者の数が増えることを考えると、確かに芳しくない売れ行き。
大量生産の準備を整えているだけにがっくりと肩を落としそうになるが、俺は必死に策を考える。
「確かに売れ行きがあまり伸びていないな。金貨四枚と高価だし、安さを求めて『シャ・ノワール』に来ている客層には響いていないのかもしれない」
「やっぱり俺の店で魔道具を売るのは早すぎたか? 悔しいけど、仕方がないな!」
「まだ諦めるのは早い。俺は午後も店を抜けていいか? 魔導具を持って色々な場所で売り込んでくる」
「売り込む? 直接、販売を行うってことか?」
「いや、髪を乾かす魔道具が必要そうな場所に置いてもらえないかの交渉を行う。銭湯や大浴場のある宿屋で置いてもらえることができれば、その分人の目につきやすくなるだろ? 宣伝費としては高くつくが、初日でこれだとこのままでは売れ残る」
最終手段に近い策だが、早めに打つに越したことはない。
レスリーも腕を組んで悩んだ様子を見せたが、納得したようで大きく一つ頷いてくれた。
「分かった! ここまで来たらジェイドに任せるぜ! 『シャ・ノワール』が良い方向に転じたのは全てジェイドの案だしな! 店に置いてある魔道具を宣伝用として五つ持って行っていい!」
「ありがとう。すぐに動かせてもらう」
「ああ、よろしく頼んだ! ……ただ、あまり気負わなくていいからな! 魔道具分の金は煙玉のお陰で回収出来ているし、赤字だったとしても無問題だ!」
「気遣ってくれてありがとう。ただ、全力でやらせてもらう」
優しい言葉をかけてくれたレスリーに親指を立て、魔道具を五つ持った俺は飛び出すように店を後にした。
販売前から動けていれば良かったのだが、それはもうたらればの話。
まずはヨークウィッチで一番大きな銭湯にいき、髪を乾かす魔道具を置かせてくれないかの交渉を行うとしよう。
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