閑話 柑橘


 全勢力を集め——と言っても合計で俺含めて九人だけだが、九人全員を引き連れてアジトを発ち、ヨークウィッチにやってきてから三日目。

 普通の宿屋を拠点とし二人一組で一般観光客を装って、アバルト達を殺した犯人の動向を追っている状況。


 ちなみに『都影』は完全に撤退するようで協力は得られず、何の利益もない状態なのだが損得関係なしで、仲間をやられた仇討ちを行うために動くことは当初から決めていた。

 『都影』の協力が得られていれば、もっと楽に進めていけたのだろうが……『ブラッズカルト』の失態のせいでもあるため強くは言うことはできない。


 部屋の扉がノックされてから、すぐに扉が開けられた。

 返事を待たずに扉を開ける奴は一人だけのため、顔を見ずとも部屋に入ってきた人物が俺には分かる。


「おい、ディーノ。返事を待ってから開けろ。間違いだろうが敵だと判断したら斬り殺すからな」

「ボスがそんな失態をする訳ねぇでしょう。それよりもこっちは空振りでしたぜ。アジトの中を徹底的に調べやしたが、手掛かりとなるものは一切残っていやせんでした」

「『都影』のアジトも手掛かりなしか。俺達が徹底的に捜索しているっていうのに、ここまで手掛かりが見つからないと……本当に実在したのかを疑ってしまうな」

「想像している以上のやり手ってことですぜ。ジーンから始まってアバルトにヴァラン。シャパル、シオン、フォラス、パレスの四人までもやられているんでやすから、化け物みたいな奴なのは間違いありやせん」


 だとしても、普通ならば何かしらの痕跡が残っているもの。

 『都影』と交えながら、俺達『ブラッズカルト』ともやり合っていたのに、目撃情報もなければ戦闘痕も一切残っていないなんてありえない。


 探せばきっと何かが出てくるはず。

 そう。絶対に何か残っているはずなのだ。


「どんな化け物であろうが実在している以上、何も出てこないなんてのはあり得ない。俺達は実際にアバルトが残した記憶水晶で奴を見ているんだからな」

「それは分かってやすぜ。アジトに侵入し、アバルトと戦闘が行われた場所に行きやしたから。なぁ、ヒオリ?」

「ええ。私もついて行きましたから間違いありません。そして、ディーノのスキルで徹底的に調べました。それでも何の痕跡も残っていなかったのです」


 いつの間にか窓際に立ち、外を眺めながら会話に参加してきたヒオリ。

 いると分かっていて尚且つ警戒していたのにも関わらず、ヒオリが部屋の中に入っていたことに気づかなかった。


 隠密行動の達人であり、『ブラッズカルト』で一番真面目な性格をしている。

 そのヒオリが言うだから、ディーノの探し漏れでは決してないことは確定した。


「ということは、その犯人が意図的に痕跡を消したという訳か。二人は他に何か気づいたことはなかったか?」

「何も気づきやせんでしたぜ。色んな奴が出入りしていたこともあって、本当にもう残っていやせんでした」

「…………いえ。少し気になったことがあるのですが、微かに柑橘系の匂いがしたような気がしました」

「柑橘系の匂い? 戦闘が行われた場所の付近でか?」

「はい、そうです。特に気に止めるような匂いでもなかったのですが、アバルトとの戦闘があった付近で微かに香っていまして、下の階層の一室で更に強く感じたので記憶に残っていました」


 柑橘系の匂い。

 普段ならば絶対に気に止めるような情報ではないのだが、今回は情報がなさすぎてそんな曖昧な情報にすら縋りたくなってくる。


 ヒオリの勘は鋭い部分があるし、俺も何か引っかかっている。

 もしその柑橘系の匂いが犯人のものならば、少しは探す鍵になってくるはずだ。


「俺もその匂いは気になるな。徹底的に調べるのはいいかもしれない」

「本当ですかい!? 柑橘系の匂いなんてありふれていやすし、後々来た誰かの匂いって可能性の方が高いですぜ」

「だとしてもだ。ディーノとヒオリはその柑橘系の匂いを探してくれ」

「ちょっと待ってくだせえ。他のチームの成果もゼロってことですかい?」

「ああ。お前達が戻ってくる前に報告に来たが他も成果はゼロ。手掛かりとなるのはヒオリが嗅いだ柑橘系の匂いだけだ」


 俺がそう伝えると、ディーノは頭を抱えて項垂れた。

 確かに今までこんな手掛かりで捜索をさせたことがなかったし、ディーノの考えとしてはこの匂いを追うよりも、別の痕跡を探した方がいいと思っているのだろう。


「分かりました。もう一度アジトに赴き、匂いをしっかりと嗅いでから捜索に当たります」

「他のチームにも同じように匂いを追わせる。情報の共有は直接は絶対に会わず、俺を通じて行ってくれ」

「正気とは思えやせんが……ボスの指示なら従いやす。その代わり、三日探しても何もでなければ止めやすぜ」

「ああ。三日探して何もでなければ、ディーノの方法に任せる」


 二人にそう告げてから、俺の部屋を出ていくのを見送る。

 ディーノは最後まで疑っていた様子だが、俺の勘が正しければ確実に犯人に繋がると思う。


 伊達に長年裏で暗躍していた訳でなく、こういった第六感を用いて生き残ってきた。

 その俺の勘が全力で探せと言っているのだから、確実に犯人に繋がると俺は確信している。


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