第194話 罠


 とりあえず今日はいつもの業務をこなし、残業することなく帰らせてもらうことにした。

 昨日も『ダンテツ』に行ったせいで早く帰ってしまったし、今日こそは色々と残って作業をしたかったのだが、流石に『都影』よりも危ない組織が俺を狙っているとなったら動かざるを得ない。


 下手すれば『シャ・ノワール』に襲撃をかけられる可能性だってある訳で、レスリーに迷惑をかけないためにも早急に動かなくてはいけない状況。

 魔道具の制作を請け負ってくれている職人たちの下にも行きたいし、新たな職人探しも行いたかったが……。


 未練たらたらの状態で『シャ・ノワール』を後にした俺は、まずは闇市にある『都影』のアジトに向かう。

 マイケルが言うには、目撃情報があったのは闇市の方のアジト。


 いる可能性は限りなく低いと思うが、俺を追っているのであればまた現れる可能性は十分考えられるからな。

 目立った行動を避けるためにあえて隠密行動は取らず、一般人になりすまし闇市へと向かった。


 付近まで辿り着き、まずは周囲に怪しい人物がいないかを探ったのだが、やはりと言うべきか特に怪しい人物は見当たらない。

 俺の警戒を掻い潜られている可能性もあるが、そんな人物のことまでは考えられないため、気にせず普通にアジトの中に入っていく。


 ギルド通りのバーに、旧アジトと『ハートショット』なる違法薬物の製造工場が見つかったため、こっちのアジトの警備はかなり薄くなっていた。

 マイケルの名前を使って中に入っても良かったのだが、色々と面倒くさいため侵入する形でアジトの中に入る。


 それからアバルトとやり合った場所とヴァンダムがいた部屋を中心に調べてみたが、何か探したような痕跡は見当たらない。

 アジトで見かけたとなれば、まずここを捜索すると思っていたが読みが外れたか?


 ……いや、もしかしたら俺が残した罠に引っかかってくれた可能性はある。

 血で血を洗う激しい戦闘が行われた場所に、僅かに香っている果物の香り。


 これは俺が残した匂いであり、西の森で採取したユウセンという果実の匂い。

 味はすっぱいだけで美味しくはないのだが、匂いは強力で一ヶ月は落ちないという変わった果物。


 『都影』の残党対策で残しておいた匂いだったが、例の組織の連中がこの匂いに気づいたのであれば、今現在この匂いを追っている可能性は十分考えられる。

 味は最悪で香水として使用するには匂いがキツ過ぎることがから、市場には出回っていない珍しい果物。


 それだけにこの匂いを追っているのだとしたら、俺の思い通りの場所に誘導することができるということ。

 問題なのはこの匂いに気づいているかどうかであり、気づいたとしても追っていない可能性もある。


 『都影』の構成員用に仕掛けた安い罠だし、現段階では匂いを残しただけであって罠といえない出来のもの。

 足で探し回った方がてっとり早い気もするが、例の組織は慎重に動いているだろうし罠を張った方がやりやすいことは間違いない。


 しばらく立ち止まって悩んだが、俺は張っていた罠を使って嵌めることを決めた。

 罠を使う何よりの利点は捜索する時間を省けるという点。


 相手の出方次第である他力本願さは否めないが、自分で動かずとも捕捉できるというのは大きな強み。

 今が一番大事な時期である『シャ・ノワール』に俺も時間を使いたいし、罠を張って嵌めるのが効率的だ。


 そうと決まれば早速、ユウセンの果実を採ってきて罠の準備を整えるとしよう。

 罠を張る場所は……『都影』のアジトがあったバーの地下がいい。


 あそこならば周囲の目を気にすることなく思う存分戦うことができるし、あそこのバーの地下室にも既にユウセンの果実の匂いを残している。

 上手いこと街中に匂いを残しつつ、地下室まで誘導するように仕向ければ罠の完成だ。


 後はマイケルに地下室の使用許可を取らないといけないな。

 今もギルド職員やら兵士やらが調べているだろうし、退かせてもらわないと駄目。


 それとできることなら、地下室にエイルを配置してもらいたくもある。

 ここは交渉次第だろうが、先にエイルに話せばなんとでもなりそう。


 マイケルにはまた迷惑をかえるが、エイルを巻き込めばなんとかなるため使わない手はないんだよな。

 これからやることを決めた俺は、まずは冒険者ギルドに赴いて交渉することに決めた。


 その次は西の森でユウセンの採取。

 そしてそのユウセンを街中に残し、今日で新しい組織に対してやるべきことは完了する。


 明日から自由に動くためにも、今日中に全てを終わらせてしまおう。

 頬を軽く叩いて気合いを入れ、俺はアジトを後にして冒険者ギルドに向かった。


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