第250話 安い挑発
店内に入り、酒を飲み続けて約三十分ほどが経っただろうか。
この間に俺が飲んだ酒の量は蒸留酒を瓶三本。
ほぼラッパ飲みのような形で酒を飲み干していき、見ようによっては一種の曲芸のようになっていたようで、俺の周囲には数人ではあるが人が集まり始めている。
酒を出す従業員も食い入るように見ているし、狙い通り注目を集めることには成功した。
もちろんのことながら一切酔ってはおらず、店内に入ってきた時と変わらない素面の状態。
ここからの立ち回りを非常に迷っており、酔ったフリをしてバックルームに押し入ることも考えていたところ――。
「おぉー!! ビレッジを三本も空けたぞ! 俺はずっと見ていたけど一滴も溢していないし、とんでも酒豪がきやがった!」
爆音で音楽が流れる中、音楽に負けない声量で突如として叫び始めたギャラリーの内の一人。
その声にとって更に人が集まり始め、ダンスフロアの方もざわつき始めたのが分かった。
俺はこれ見よがしに四本目の酒を注文し、その行為にドッと店内が湧いたのが耳に届く。
歓声に触発されてか、従業員が店内に流れている曲の音を小さくしたのが分かった。
「お待たせ致しました。こちらがビレッジになりますが……」
「なりますが? 何か問題でもあったのか?」
音が小さくなったことで従業員の声がまともに聞こえ、店内に入って初めて会話を行うことができた。
この展開であれば、酔っぱらったフリをして無茶な行動を取らなくて済みそうだな。
「申し訳ございませんが、こちらが店内にある最後の一本となっております」
「そういうことか。それなら気にしないでくれ。次は別の酒を注文させてもらう」
あまり声量をあげていないのだが、ギャラリーは俺と従業員の会話に耳を傾けていたようで、今日一番の歓声が上がった。
この歓声によってダンスフロアにいた人間も集まり、完全に俺の周りに人だかりができた。
ただ酒を飲むだけでここまでの注目が集まるとは思っていなかったが、この店にいる客にはウケたということだろう。
ここからは俺を気に入ってくれた人間から、店の奥に何の部屋があるのか聞き出そうと思ったそんなタイミングで、バックルームの扉が開いた。
「何の騒ぎだ? こっちまで声が聞こえてきたぞ。暴れている客でもいんのか?」
「いえ、違います。大量の酒を飲む客が来まして、それで歓声が上がったんです」
「大量の酒を飲む客? そんなんで歓声ってバカじゃねぇのか?」
騒ぎを聞きつけたであろう強面の男は半分キレた様子であり、この店の常連はこの男が危険人物と分かっているのか、さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになった。
せっかく温めた場を冷ました挙句、強面の男は俺に一切の興味が沸かなかったようで、大きな舌打ちをしてからバックルームに戻ろうとしている。
何とか俺に目を向けさせるため、強面の男に話しかけてみようか。
「随分と酒の強そうな人だな。俺とどちらが多くの酒を飲めるか勝負をしないか?」
アホみたいな提案だと自分でも分かるが、そんな安い挑発に耳をぴくりと動かした強面の男の足は止まり、眉間に皺を寄せながら俺の方を向いてきた。
この顔なだけあって……気迫は中々だな。
俺に向けてきた殺気も鋭く、恐らく何人かは人も殺したことのある人間だろう。
「おいおっさん、俺に言ったのか?」
「ああ。もしかしてその風体で酒を飲めないのか?」
「――ふっ、ぶあっはっは! 確かに、久しぶりに面白そうな奴が来てんじゃねぇか。いいぜ、こっちの部屋に来いよ。ただ酒を飲むことなんかよりも面白い勝負をしてやる」
親指でバックルームの方を指し、俺を中に入るように促した。
俺の安い挑発に乗ってくれた上に、いきなりバックルームの中に通してくれるとはな。
つい数十秒前まで浮かれていた連中の顔が沈んでいるところを見るに、碌な場所ではないだろうが非常に楽しみ。
この先には、俺が追ってきた男もいるはずだからな。
あの男の動向を探るべく尾行したが、『バリオアンスロ』に繋がる情報が手に入れることができれば、南の森で見かけた男と接触できなくとも問題ない。
ここからは見た光景を全て記憶するつもりで集中する。
「ザッと見た限りじゃあ、ビレッジを三本も空けたみたいだな。それだけ呑む奴なら覚えていないはずがないんだが、最近この街に来たのか?」
「ああ、最近この街に来た。そんなことよりもこの奥には何があるんだ? 従業員しか入れなさそうな場所だが」
「そう慌てんなや。見りゃ一発で分かるからよ」
バックルームの先は通路になっており、左右に扉が複数ある。
この扉の先は本当に従業員室だろうが、そんな場所には目も暮れずに先へと進んで行く。
パッと見では『クレイス』と同規模だと思っていたが、想像以上に広い店。
地下に作られているということもあり、外観からではここまで広いと想像できなかった。
「ここからは梯子を下りる。酔って、足を滑らしても責任は取らねぇからな」
「更に地下に向かうのか。本当に何があるのか想像もつかない」
と口に出して言ってはみたが、なんとなく俺の中では心当たりがある。
寂れた家具屋から入れた地下通路は、今いる東側エリアに伸びていた。
恐らくだが俺が調べなかった地下通路の東側は、今向かっている場所に続いていたのだと思う。
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