第41話 新たな従業員


 『シャ・ノワール』が強盗にあった日から、約二週間が経過。

 この期間は特に事件もなく、いつも通り楽しく仕事を行えていたのだが、街の治安自体は日に日に悪くなっている感じがする。


 店に強盗が入ったのもそうだが貧困街辺りが最近騒がしく、『都影』がいなくなったことの影響が出ているのかもしれない。

 テイトは元構成員といっても、今は廃材回収をして生活を行っていると言っていたが、他の元構成員が暴れ回っている感じだ。


 『都影』を抜けた連中が束となっており、『都影』で学んだ悪事を子供のように手当たり次第に実行しているように思える。

 裏の組織といっても、行政と手を組んで治安維持に役立たせている街もあるぐらいだし、全てが全て悪かと言われたら俺は違うと思う。


 まぁあの地下室を見る限り、『都影』は完全な悪と断言して間違いないがな。

 死臭以外にも独特な臭いで充満していたし、危険なドラッグの密売なんかも行っていたはず。

 闇市で見た薬物中毒者達も、『都影』経由で入手している可能性があった。


 ……と、治安悪化は目に見えて分かるが、その分兵士の巡回も増えたし俺も近くで強盗なんかがあった場合は捕まえる協力ぐらいはしている。

 このままの状態ならいずれ沈静化するとは思うけど、しっかりと注意はしておかないといけない。


 俺はそんなことを考えながら、『シャ・ノワール』に出勤した。

 ちなみに今日は新しく雇った店員の初出勤日。


 俺の配達の負担を減らすべく雇われた店員で、郵便屋で働いていた生粋の配達人。

 一応全ての業務を行う俺とは違い、新人は配達だけを専門に行う従業員となっている。


「おお、ジェイドも来たか! ほら、新しく雇った従業員が来ているぞ!」

「ジェイドさん、よろしくお願いするっす! 今日から働くニアっす!」


 てっきり男かと思っていたけど、ヴェラとは対照的な元気いっぱいな女の子。

 天真爛漫で可愛らしい感じの子で、語尾は少々気になるけどちゃんと働いてくれそうだ。


「俺はジェイドと言う。ニア、こちらこそよろしく頼む」

「よーし、挨拶は済んだな! 今日は俺とニアで配達に行ってくるから、ヴェラと店番頼んだぞ!」

「えっ? 俺は配達じゃないのか?」

「今日は配達しなくていい! たまには店での仕事に専念したいだろ?」

「それはそうだが……まぁ分かった。店番は任せてくれ」

「うしっ! じゃあ、ニア! 一緒に配達へ行くぞ!」

「分かりました師匠! 指導よろしくっす!」


 やかましい二人が配達へ出かけ、店には俺とヴェラ二人となる。

 うるさかったさっきまでとは正反対なほど、店内は急に静かになり……なんとなく気まずい空気が流れた。


「…………ヴェラはもう店の仕事には慣れたか?」

「別に無理に話しかけなくていい。開店したら、ただでさえ客と話さなきゃいけないんだし」


 あまりにも静かな空間が気まずく、ヴェラに声を掛けたのだが驚くほど冷たくあしらわれた。

 ヴェラは本当に糞生意気という言葉がピッタリな性格。

 俺が配達に行っている最中、このヴェラと毎日二人で働いていたレスリーは凄いな。


「分かった。なら極力話しかけないが、流石に空気が悪すぎるから生産性のある話をしよう。それなら構わないだろ?」

「生産性のある話って何?」

「『シャ・ノワール』では、アイテムのアイデアをレスリーが買い取ってくれるのは知っているだろ?」

「へ? なにそれ、知らない」

「レスリーが最初に説明していただろ。この店で売り出す商品のアイデアを買い取ってくれるんだよ。……ほら、店の端っこに置いてあるアレとかアレとか。レスリーが考えたオリジナル商品なんだよ」

「道理で変で売れなそうだし……実際売れてない」


 レスリーのオリジナル商品に辛辣の言葉を並べるヴェラ。

 この場にいたらショックを受けるだろうなと思いつつも、確かに俺も初めて見た時はセンスがないと思ってしまった。


 雇い主だし、レスリーは気が良いから余計なことを言わなくていいと思い、アイテムの紹介をされた時は適当に褒めていたが……。

 デカすぎるポーションボトルとか、デカすぎるランプとか――はっきり言うがセンスが皆無。


 なんでも大きくすれば売れると思っていたようだが、冒険をするにあたって大きいものは邪魔なだけ。

 軽量化の方向で進めていれば、まだ何かしらヒットしたアイテムがあったかもしれないけど、レスリーの作ったアイテムは残念ながら売れずにこうして端っこに放置されている。


 ありきたりだが、せめて大きすぎるリュックとかなら需要はあったと思うが、そこらへんの商才があったら十年間も閑古鳥が鳴いている訳がない。

 冒険者時代に貯めたお金を切り崩しながらお店を営業していたみたいだが、十年間レスリーただ一人でよく経営していたと改めて思う。


「まぁレスリーの作ったアイテムは置いておいて、アイテムのアイデアを出せばレスリーが買い取ってくれる。今日はニアと配達に行ってるから一日いないって言ってたし、二人でアイデアを考えないか?」

「どうせ、はした金だろうしめんどい」

「アイデア料は少ないだろうが、売れたら更に金をくれるらしい。例えば……薬草なんかは一日でかなりの数が売れているだろ?」

「うん。一本銅貨五枚で二十本くらいは売れてる」

「薬草で一日に金貨一枚の売り上げ。レスリーが言うには売り上げの一割をくれるらしいから、薬草なら一日で銀貨一枚も稼げるんだよ」


 俺がそう説明すると、今まで眠そうにしていたヴェラの目がカッと見開いた。

 現実的な金の話をした瞬間に、分かりやすく興味を示してきたな。


「薬草ほど売れるとは思えないけど、確かに一日で銀貨一枚は大きい」

「ヴェラは店番をしているんだし、自分の商品をさりげなく推すこともできるだろ」

「…………ありかも。結構興味出てきた」


 よし。これで一日の話題には事欠かないし、俺としても有意義な話ができる。

 元々いつかはアイテムのアイデアを出そうと思ったいたし、ヴェラとの共同って形になるが元冒険者の意見は非常に重要だからな。


 それに売り上げによって自分の給料が上がる商品があるってだけで、ヴェラの仕事に対するモチベーションも大分変わるはず。

 俺のためになり、ヴェラのためにもなり、もちろん店が繁盛すればレスリーのためにもなるまさに一石三鳥。


「やっと乗り気になったな。それじゃ開店の準備をしながら話し合おう。まずはどんなアイテムにするかだな。意外と保守的なレスリーの性格から考えると、あまり製作費がかからないアイテムのアイデアの方が通りやすいはず」

「なら、戦闘アイテムか小物類のどっちか」

「小物類か。ヴェラは冒険者時代に必要だなと思った小物類とかはないのか?」

「特にない。冒険者の時は荷物持ち雇ってたし」

「……今回は戦闘アイテムで考えるか」


 日用品や生活雑貨なんかも考えてみたかったけど、今回は戦闘アイテムに焦点を絞って考えよう。

 まずはとにかく互いにアイデアを出し合い、その中で良いアイデアを餞別していこうか。


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