第107話 山の魔物
ウイングバーグ以降もかなりの種類の魔物と交戦した。
普段人が踏み入れない場所だからか、西の森とは比較にならないくらいの魔物が生息している。
過酷な環境ということもあり、遭遇する魔物は基本的に難度CからBランク。
マイケルが言っていた通り、最低でもゴールドランクはないと即座に命を落とすと情報に間違いがなかったことを身を以て体験している。
魔物だけでなく足場も悪く動きづらいし、標高が高いからか酸素も薄い。
プラチナランクの冒険者でも、頂上までたどり着けるのは極僅かだと登ってみて強く感じた。
とりあえず俺は滑落だけに気をつけ、襲ってきた魔物を返り討ちにしつつ、山の八合目付近まで辿り着くことができた。
ここから先は降っている雪のせいで視界も悪く、ただでさえ悪い足場が更に滑りやすくなっている。
感じる魔物の気配も一段と強く感じ取れているし、更に気を引き締めないといけない。
厄介な場所で山籠もりをしているギルド長に心の中で文句を垂れつつ、雪が降りしきる山を静かに登っていく。
雪が降っている地点に足を踏み入れてから、数分もしない内に強い気配が上から下りてくるのが分かった。
それも一つではなく複数の反応。
目を凝らしてみると、遠くにうっすらと人のような影が見える。
ただ、人間と明確に違うのはその体の大きさ。
距離が離れているから正確ではないが、最低でも四メートル以上はあるのは間違いない。
あの魔物も事前にマイケルから聞いていたため知っている。
オーガと似ているが単眼で体の大きさがオーガの比ではなく、黄色い皮膚が特徴的な北の山で一番厄介と言われている――サイクロプスという名の魔物。
難度はB+とも言われており、プラチナ冒険者でも上位陣しかまともに戦えない魔物らしい。
それが複数体いるとなれば、厄介どころか逃げるのが正解なのだが……これほどそそられる魔物はいない。
大きすぎるというのはあるが、人型というのも非常に良い。
ただ鉄の短剣じゃ刃が入らないため、またしても素手で戦わないといけなさそうだ。
北の山に向かう前に剣を新調しておけば良かったと軽く後悔しているが、どちらにせよみんなへのプレゼントで手持ちの金はかなり少なくなっていた。
サイクロプスに攻撃が通るような剣が買えていたか分からないし、剣のことはあまり考えずに目の前のサイクロプスをどう殺すかだけを考えよう。
五メートル近い人型の魔物は流石に戦ったことがないが、急所が人間と同じならば、こめかみか頸椎への一撃が決まれば動けなくなるはず。
首をへし折ったり絞めたりは流石に無理なため、足を削って膝を折らせて、こめかみか頸椎、または心臓への強烈な一撃を放つことを狙っていくか。
ホルダーに入っている煙玉を手に取り、先にいるサイクロプスに一気に近づいていく。
数は合計四体。
やはり何かを探しているようで、しきりに周囲を様子を窺っている。
北の山で一番厄介とされているサイクロプスがあれだけ必死に何かを探しているとなると、戦闘を行って取り逃した個体でも探しているのだろうか。
周囲に気を配っているということは、俺に気が付くのも時間の問題なため、こっちから先に動くことにした。
手前からサイクロプスまで煙玉の煙幕で覆い、ゴブリンキングを襲撃した時と同じように煙に身を隠す。
サイクロプスは単眼でありながら目がとても良いらしく、逆に聴覚と嗅覚は鈍いとマイケルから聞いている。
目が良いといえど、煙の中を進む俺を見つけることは不可能。
足音を消して一気に近づき、手前にいたサイクロプスの足元まで近づいた。
「ウぐラあア!? うガアあルら!」
何を言っているのか分からないが、馬鹿デカい叫び声を上げだしたサイクロプス。
目の前で見ると本当に大きく、こんなのが山を下りてきてヨークウィッチの街に押し寄せてきたら、ゴブリンキング騒動の比ではないだろう。
圧倒的な体躯に若干気圧されながらも、当初の作戦を実行する。
煙で見失っているサイクロプスの後ろへと回り込み、踏まれないようにだけ気をつけながら――アキレス腱を削り取るように蹴りを放った。
音を置き去りにした超速の蹴りは、狙い通りサイクルプスの右足のアキレス腱を削り取り、北の山に一瞬の静寂が流れる。
そして風切り音が聞こえた後、アキレス腱に俺の蹴りがぶつかった破裂音のような音が響き渡ってから、一瞬の間を置き――。
「うガぐャアああアアア!!!」
サイクロプスの悲痛な叫び声がこだました。
膝から崩れ落ちされるのが目的だったが余程痛かったのか、肩から仰向けに倒れたサイクロプス。
真っ青な血液が噴き出た右足を高く上げて、地面をのたうち回っている。
こうなったら後はこめかみを打ち抜くだけ。
素早くサイクロプスの顔の横へと移動した俺は、地面に転がり悶えているサイクロプスのこめかみを左ストレートで打ち抜いた。
岩を殴ったような感触だったが、ちゃんと人間と同じく急所だったようで、悲痛な叫び声を上げていたのが嘘のように静かになる。
気絶したのは間違いないが死んだかは定かではないため、念のため体を登って心臓付近に手を置き、拳を上から下へと打ち付けた。
これで確実に絶命したため、とりあえず一匹目のサイクロプス討伐は完了。
残るは三匹だが、この戦い方で全て倒すのは味がないな。
北の山の上のなら全力を出しても誰にも見られないため、少し本気で戦うのもアリかもしれない。
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