第108話 サイクロプス
わざわざ煙玉を使ってまで張った煙幕だが、自ら【ウインドボール】の魔法を発動させて吹き飛ばす。
煙幕と共にサイクロプスの血が付着した青い雪が舞い散り、なんだか幻想的な感じになった。
そんな舞い散る青い雪の奥から、黄色い巨体のサイクロプス三体が鬼の形相で近づいてきている。
仲間を殺された怒りなのか、それとも人間を殺すという魔物の本能からか。
どちらかは分からないが、俺に向けられた明確な殺意に胸が躍る。
一体目は魔法で、二体目はスキルで、三体目は単純な力比べで――瞬殺しよう。
誰にも見られない状況でありながら、絶対に成功させなくてはいけないという枷もない。
ジェイドからジュウに戻りつつ、暗殺者としての枷も外した本来の俺。
感情というものをある程度学べたことで、俺は笑みを浮かべて三体のサイクロプスと対峙している。
足全体を接地させてドスンドスンという擬音通りの、如何にもセンスのない走りをして向かって来ているサイクロプスに、片手を突き出して魔力を練り込む。
使う魔法は最近新たな発見があった風魔法。
風属性の魔石を弄っている内に、とある風魔法の使い方を思いついたため試させてもらう。
練り込んだ魔力に風属性を付与させ、空へと放つ。
目に見えるような暴風でも、肉を裂くような鋭い風でもない無の空間。
その空間を自在に操り、サイクロプスに纏わせ――そして、閉じる。
閉じた瞬間に、鬼の形相で向かってきたサイクロプスは糸が切れたようにバタリと倒れ、動かなくなってしまった。
新魔法は完全に成功したようだな。
俺は今まで強い風を起こすことで攻撃を行うことしか頭になかったが、今回行ったのは空気に細工を行うこと。
酸素濃度の低い空気をたった一回でも吸い込むことで、人間という生物は気絶してしまう。
サイクロプスにも通じるかは怪しかったが、人型の魔物なだけあって効いてくれたようだ。
魔力が感知されやすい以上、魔法自体が暗殺に向いていないのだが、この魔法は暗殺でも使えるかもしれない。
より真空に近づける練習も行うことを決めつつ、急に倒れた仲間を気にも留めずに向かって来ている二体のサイクロプスに意識を向ける。
魔法はもう十分なため、次はスキルで瞬殺する。
スキル自体もう十年ぐらい敵に向けて使っていないのだが、スキル操作が鈍らないように毎朝しっかりとスキルを発動させている。
今回使うスキルは【烈閃迅雷】。
一瞬だけ超速で動くことを可能とさせる、非常に使い勝手の良いスキル。
このスキルを使う時に気をつけなければいけないのは、俺の体への負担も大きいということ。
力を抜いた状態でこのスキルを使って敵を攻撃したとしたら、下手すれば俺の腕が捥げる可能性だってある。
しっかりと腕に力を入れ、狙い澄ますはサイクロプスの首。
しゃがんで地面に手をつき、狙いを定めたところで【烈閃迅雷】のスキルを発動。
速すぎて俺自身もギリギリの視界の中、なんとかサイクロプスの首に手刀を当てた。
手首に物凄い衝撃を受けながらも――サイクロプスの首を刎ねることに成功。
俺の動きが速すぎて、首を落とされたことにも気づかないまま逝ったはず。
落ちた首の表情は鬼の形相のまま、しばらくしてからゆっくりと首のない体が地面へと倒れた。
軽く痛む手首をさすりながら、残りの一体に視線を向ける。
三体もいた仲間が訳も分からず殺されたというのが、残ったサイクロプスの心情だろう。
逃げ出してもおかしくない状況の中、なんで仲間が死んだのか分からないため、手に持ったこん棒を持ったまま俺に向かってきている。
確かに三体共、戦って倒したという感覚は俺自身ない。
運よく最後まで生き残ったサイクロプスには、正真正銘真っ向勝負でケリをつけるとしよう。
手足をぶらぶらと柔らかくしてから構え、己の肉体だけで巨体のサイクロプスに挑む。
思い出すのは西の森での魔人との肉弾戦。
あの勝負も楽しかったが、体の鈍りを明確に感じていた。
今は最高に体も脳もキレているし、良い死合いができそうな気がする。
まずは――邪魔なこん棒を手放してもらおうか。
雑に作られた木のこん棒なため、火炎瓶をぶち当てられば使い物にならなくなるはず。
雪が降っているのが気掛かりだが、こん棒に火炎瓶をぶち当ててから【ウインドボール】で一瞬にして大炎上させた。
サイクロプスは一気に燃え広がったこん棒を慌てて捨てたため、狙い通りに素手となってくれた。
これで舞台は整った――良い殴り合いになることを祈りつつ、俺は笑みを浮かべつつサイクロプスに殴りかかった。
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