第199話 観察眼


 無警戒で椅子から立ち上がり、綺麗な姿勢で歩きながら俺に向かってきた紳士。

 武器は持っていないように見えるが、恐らく高価そうな杖が武器だろう。


 魔法を使うための杖か仕込み杖。

 どちらにしても、一撃で仕留めるつもりで殺しにかかる。


「警戒しているのですか? 私が何をしてくるのか分かりませんもんね」


 口が裂けるのかと思うほど、大きく口を開けて笑うオリバー。

 そんなオリバーの挑発には乗らず、俺は耽々と向こうが動くのを待つ。


 目の行きがちな杖だけに注目はせず、オリバーの体全体……特に脳から離れた位置にある指先や足先を注視する。

 俺の間合いに足を踏み込んだが、まだ動く気配を見せないオリバー。

 一歩、また一歩と単調な足取りで向かってきており、そして――杖を握っていない方の手の指先が僅かながらに動いた。


 杖はフェイクで、魔力の動きもないとすればスキルか。

 更に、オリバーの視線が俺の右上後ろにいった。


 そう瞬時に分析した俺は向かってくるオリバーに背を向け、抜いた短剣をオリバーの視線の先に向かって投げつける。

 視認もできないければ、気配も感じない何の変哲もない天井。

 全神経を尖らせて注視している俺の目にもそう映っているのだが、投げた短剣は天井には刺さることはなく、天井に張り付いていた何かに突き刺さった。

 

「――うぐぁ!」


 そんな悲痛な声と共に天井からいた何かが落ち、短剣が突き刺さった箇所は血が滲んでいる。

 まずはこの得体の知れない何かから処理しようかとも思ったが、血でマーキングできているため、再び反転して狙いをオリバーに戻した。


 再び視線を戻すとオリバーの表情からは笑顔が消えており、驚きに満ちた表情を浮かべている。

 ただ狙いが再び自分に変わったと分かるや否や、大きくバックステップを行ってから今度こそ杖を構えた。


 オリバーにとって俺の動きは予想にもしていなかったものに違いないが、一瞬の判断でこの対応を行えるのは実力があって場数も踏んできている証拠。

 素直に感心はするが、残念ながらこの構えでオリバーの底は知れた。


 短剣を拾うまでもなく無手で十分。

 できる限り身を屈ませてから、俺は床が捲れあがるほど力強く蹴り、一瞬で距離を取ったオリバーとの距離を縮める。


 オリバーは超速で近づいてきた俺に対しても反応し、剣へと変えた仕込み杖で突きを放ってきたが、体を捻りながら更に深く潜り込むことで回避。

 地面に片手を着いて両足を蹴り飛ばし、バランスを崩したオリバーの背後に瞬時に回り込む。


 そして背後からオリバーの首を両腕でホールドしたところで、情報を聞き出すという考えも過ったが……俺は間髪入れずに首を捻り上げた。

 ゴギリという耳障りな音と共に首は絶対に曲がらない方向に曲がり、ほんの少し前まで流暢に話していたオリバーは一言も発さないまま絶命した。


 死んだオリバーは床の上に寝かせ、次は短剣が刺さった何かの処理に映る。

 何かしらのスキルを使っている人間という予想を立ててはいるが、魔物である可能性も考えられる。


 凝視してみるがやはり俺の目には何も映っておらず、短剣が宙に浮いているようにしか見えない。

 刺さっている部分からは赤い血液が流れでており、呻き声は人間そのもの。


 この正体が気にならないといえば嘘になるが、正体を確かめている時間もないためサクッと殺してしまおう。

 俺は短剣目掛けて突っ込み、まずは俺の短剣を引き抜き返してもらう。


 短剣を抜いたことによって更に血液が流れ出たため、もはや透明なのに隠し切れていない状態。

 短剣が刺さった箇所も奇跡的に良い位置だったようで動きも鈍いし、このまま短剣で斬り裂こう。


 相手が見えない以上最大限の注意を払ってはいるものの、ステップを踏みながら近づいては斬り裂き。

 また離れては近づいて斬り裂くという、ヒットアンドアウェイ戦法で透明人間が倒れるまで斬り裂き続けた。


 向こうの攻撃はいまいち分からなかったが、透明人間も問題なく処理できた。

 死ねばスキルが解除されると思っていただけに、死んでも透明なままで最後まで姿が拝めなかったのが少し残念だが、そんなことよりも早くエイルのところに向かわないとな。

 

 転がっている二体の死体を一瞥し、俺は急いで用具室の中の隠し扉から地下室に向かう。

 エイルの気配はまだ確認できているためそこまでの心配はしていなかったが、隠し扉を開けた瞬間から激しい戦闘音が聞こえ出した。


 エイルと例の組織の連中が確実に戦っており、エイルが数的不利を強いられているのも分かる。

 急いで階段を駆け下りた俺は、そのままの勢いで地下室に突入したのだった。


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