閑話 囮役


 ジェイドの口車に乗せられ、変なバーの地下室で仕事をさせられて三日が経った。

 この部屋で何人もの人間が殺されてきたからか、変な臭いがするし埃っぽさもある。


 こんな劣悪な環境で仕事をしなくてはいけないのは、本当にやる気が一切でねぇ!

 そのため俺は椅子の背もたれに全体重を乗せ、きったない天井を見上げながらぽけーとする日々を送っていた。


 毎日ギルドから送られてくる書類も貯まってきているし、全ての意味合いで居心地が悪くなってきたこの空間。

 ジェイドの言っていたことも思い返してみると、本当に来るのか信用できるものじゃねぇしなぁ。


 そんな思考が巡りに巡り、俺は今日限りでここでの留守番を止めることに決めた。

 このまま帰ったらマイケルが口うるさく何か言ってくるし、北の山にでも行ってくるか?


 そんな明日のことを考えていると、この建物内に誰かが入ってきた感じがした。

 防音加工が施されているため音は聞こえないから、気がしたという感覚程度のことだが……多分だが間違いはねぇ!


 マイケルやギルド職員、ジェイドの可能性もあるが、それ以上に例の組織の連中である可能性が高い。

 ほぼ諦めていただけに、この嬉しいサプライズには思わず口角が上がってしまう。


 書類の溜まった机を雑に奥に押してから、戦いやすいようにスペースを作ってこの地下室に入ってくるのを腕を組んで待つ。

 隠し扉の先にこの地下室があるから、例の組織の連中たちが見つけられるかが心配だったが、そんな俺の心配は杞憂に終わった。


 建物に誰かが入ってきたと察知してから、一分も経たずに地下室に通じる扉が開いた。

 中に入ってきたのは六人の人間であり、どいつもこいつも見覚えがないことからギルド職員ではなく例の組織で確定。


 階段を下りてくる所作だけでも全員が実力者と分かり、体が震えるほどにワクワクしてきた。

 早く戦いてぇし、もう今すぐにでも襲い掛かりたいところだが、まずは軽く話しを聞かなくては始まらない。


「おいおい! てめぇら誰だよ! 勝手にズケズケと入ってきやがって!」

「本当にいやしたぜ。柑橘系の匂いとやらはビンゴだったって訳ですかい。でも……女性? 映像で聞いた声は男のような感じがしやしたけどね」

「女にしてはハスキーな声だし、映像越しだからそう感じただけだろ。この街で出会った人の中では一、二で強いし、アバルトとの戦闘場所に残っていた匂いを辿ったらここに行きついたってことは、俺達の仲間を殺ったのはこいつで間違いない」


 俺が質問を投げかけたのだが、返事をすることなく内々で会話をしている例の組織の人間たち。

 すかした態度もムカつくし、向こうから来たくせに無視してやがるのも頭にくる。


「なに無視してんだよ! てめぇらは誰だって聞いてんのが聞こえないのか!? ああ!?」

「本当にうるさい人ですね。アバルトは本当にこんな人に負けたのでしょうか」

「うるさいけど実力があるのは分かっているからな。でも、確かにアバルトが殺された時の映像との違和感が凄い」

「……あなたは本当に私達の仲間を殺したのですか? 否定しなければ殺されてしまいますよ」


 結局俺の質問には一切答えることなく、一方的に質問を投げかけてきた。

 何か少しでも聞き出そうと思ってはいたが、会話になんねぇならもうやっちまうか!


「全部俺がやったに決まってんだろ! おら、とっととかかっこいよ!」

「自白してますし間違いないでしょう。張本人ではなかったとしても、関わっていることは間違いありません」

「了解しやした。それじゃサクッと殺しちまいやしょう。ビルドはボスを呼んできてくだせぇ。あっしらで片付けておきやす」

「また俺が使いっ走りかい。入団して七年は経つのにいつまでも下っ端なのは辛い」

「ビルド、文句を言わないでください。みんな通ってきた道です」

「はいはい。呼んでくるよ」


 六人の内の一人である黒装束の男が地下室から出て行き、残った五人の内の三人が一歩前へと出てきた。

 男二人に女一人。残りの二人は入口を塞ぐように立っている。


 こっちに向かってくる三人の動きを見る限り、どことなくだがジェイドと立ち振る舞いが似ている気がするな。

 ジェイドには散々煮え湯を飲まされてきたし、ちょうどいい練習相手になりそうで腕が鳴る。


「うっしゃ! いつでもかかってこい! 全員ぶっ倒してやる!」


 大剣を引き抜かずに拳を構え、俺は三人を手招きして誘う。

 俺を殺しにきているし殺してもいいのだが、ジェイドに褒められるのは多分生きたまま捕らえること。

 素手なら本気でやれるし、制限がある中なら大剣よりも素手のが強い!


「言動通り、脳筋って感じの方ですね」

「本当にこの人間にアバルトが負けていたとしたら、俺はショックだな」

「あっしは違うと思いやすけどね。とりあえず三方向から攻めやしょう」

「連携攻撃とかはできませんが、同時に攻撃を仕掛けることだけは意識しましょうね」


 打ち合わせが終わったのか、同タイミングで剣を抜いた三人。

 戦闘までが非常に長かったが、ようやく一戦相まみえることができそうだ。

 『都影』とやらの時は省かれたし、その時の分まで全力で暴れさせてもらうぜ。


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