第318話 幸せ故の悩み


 告白の流れを一通り終え、食後のデザートを食べ終えた辺りから、徐々に頭が正常に回るようになってきた。

 スタナからの告白を受けた時は、どちらかといえば喜びよりも驚きの方が勝っていた。


 何で俺なんかに――という無駄な思考も強かったしな。

 ただ、デザートを食べ終え、頭が回るようになってからは純度100%の幸せで溢れている。


 未だに俺なんかではもったいないのではとか、俺なんかが幸せになっていいのかとか、頭の片隅で考えてはしまうのだが……。

 それ以上に幸せの感情の方が圧倒的に大きく、ニヤニヤするのを抑えることができない。


「ふふ、ジェイドさんの表情が緩みっぱなしですよ?」

「分かってはいるんだが……表情が緩むのを自分の意思ではどうにもできない」

「表情から嬉しく思ってくれているのだと知れて、私は本当に嬉しいですね! さっき伝えたばかりですが……心の底から大好きです」


 改めての告白に顔の弛緩が止まらない。

 俺は恋愛なんかしてはいけないと思っていたから、意識的に異性として見ないように努めてきたのだが……一度意識してしまうと駄目だ。

 ――スタナが可愛いすぎる。


「お、俺も……スタナのことは大好きだ」

「ありがとうございます。とりあえず……外に出ましょうか! このまま大衆の面前で惚気ていたら、空気の読めないカップルになってしまいますから!」

「そ、そうだな。体も火照り過ぎているし、一度外に出たい」


 ということで食事を俺達は、会計を済ませて外に出ることにした。

 ちなみにお店の支払いは、当初の約束通りスタナが全額出してくれた。


 告白を受け、その上食事代も奢ってもらう。

 今日は全てをリードしてもらい、男としては何とも情けない形になってしまった。


 近い内に俺がリードする形でスタナをもてなしてあげよう。

 俺はそう心に誓ったのだった。



 人生で最も幸せなだと思えた日の翌日。

 一度寝ても幸せな気持ちは抜けておらず、自分でも分かるくらい表情が緩みきったまま。


 昨日のあの後は遅い時間ということもあり、街の中を二人で手を繋ぎながら散歩しただけで終わったのだが、そんな何てことのない散歩も幸せだった。

 繋いでいた右手を何度も握ったり開いたりしながら、昨日の時間が夢ではないことを確かめつつ――更にニヤけてしまう。


 このまま『シャ・ノワール』で働き、スタナと幸せな時間を過ごす。

 そんな生活を夢見るが……俺はベッドに腰かけてガックリと肩を落とした。


 昨日は驚きや嬉しさでつい二つ返事で了承してしまったが、頭の片隅に残り続けていた通り――俺は元暗殺者。

 クロとの関係を断ち切ったとはいえ、過去を消すことはできない。


 普段は服を着ているから目立たないが、俺の体は古傷だらけだし、これまでと同じように隠し通せるものではない。

 幸せが最絶頂だからこそ、このことを伝えなくてはいけないというのはあまりにも大きくのしかかり、これまでで味わったことのない心境を抱えたまま、ひとまず『シャ・ノワール』に向かうことにした。


 朝早くに着いたのだが、『シャ・ノワール』の店内には既にレスリーの姿があった。

 一号店は客足が落ち着いているし、まだいないかもしれないと思っていたが……変わらずで安心する。


「おぉ? ジェイド、もう来たのか!」

「久しぶりの出勤だから早めに来ようと思ってな。レスリーも相変わらず早いな」

「俺はまぁいつものと変わらねぇよ! それじゃ久しぶりだし、業務を覚えているかの確認作業から――って、ジェイドどうしたんだ!? すげー変な顔になってるぞ!」


 記帳を終え、顔を上げたレスリーは俺の表情を見るなり驚きの声を出した。

 宿を出る前に普通の顔に戻してから出勤したつもりだったが、どうやら宿から『シャ・ノワール』に着くまでの間に崩れてしまったらしい。


「別に変な顔にはなっていないと思うが……」

「なってるっての! 頬が緩んでいるのに、この世の終わりみたいな曇ったちぐはぐな顔! ……何かあったのか?」


 レスリーがよく見てくれているのか、それとも俺の顔がそれほどまでにおかしくなっているのか。

 ……恐らく両方だろう。

 とにかくレスリーには隠せるものではないし、話をするべきだな。


「レスリーには隠し事はできないか」

「当たり前だろ! これでも店長なんだからな! んで、何があったんだ? また深刻なことなのか?」

「ああ、深刻なことだな。俺の中では前回以上に」


 その言葉を聞いた瞬間に、レスリーの雰囲気は一気に真剣なものに変わった。

 普段はおちゃらけた感じでありながら、真面目なところでは真剣になってくれる――本当に頼り甲斐のある人だ。


「前回以上って相当なことが起こったのか? 追手が来た――とかか?」

「いや、そういったことはない」

「じゃあ何なんだ? 話を聞くことはできるから言ってみろ!」

「実は……昨日、スタナから告白されて付き合うことになったんだ」

「……………………はぁ?」


 真剣な表情から一転、アホを見るような目に変わった。

 本当に悩んでいるのだが、この反応を見るにただの惚気だと受け取られたか。

 まずは惚気ではないことを説明するところから始めないと駄目そうだ。



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