第319話 心の拠り所
一時荒れ狂っていたレスリーだったが、一から十まで説明したことでようやく理解してくれた。
それでも俺を睨んだままであり、俺はそんなレスリーを見て笑ってしまう。
「……なんで笑ってんだ!」
「理解したって言っていたのにずっと睨んでくるからだ」
「理解はしたが納得はしてねぇ! ズルすぎるだろ! このやろーが!」
「ちょっと落ち着いてくれ。一生本題に入れない」
また荒れそうになっているレスリーを宥める。
文句の言い足らなそうなレスリーだが、本題も気になるようでようやく溜飲を下げてくれた。
「……んで、スタナさんから告白されたのに深刻ってどういうことだよ! 幸せすぎて深刻ってことなら、一発思い切りぶん殴るからな!」
「そんな理由な訳ないだろ。……レスリーには出発する前に伝えたと思うが、俺は元暗殺者だ。そんな過去を持っていながら、スタナと付き合っていいのかという思いが強い。それで……悩んでいる」
「なるほどな。それが理由で悩んでいたってことか」
スタナは人を救う治療師であり、俺は人を殺めていた元暗殺者。
当然吊り合う訳もないし、感覚だって大きなズレがあると思う。
浮かれていたが、俺は人を幸せにすることができない人間どころか……俺自身すらも幸せになってはいけない人間。
「――それこそくだらねぇな! ジェイドがどんな事情で暗殺者をやっていたかは知らねぇが、ジェイドはジェイドだろ! スタナさんには話さないといけねぇことだと思うが、きっとスタナさんはジェイドの全てを受け入れてくれるだろうよ!」
ニカッと笑顔を浮かべ、親指を立てながらそう言ってくれたレスリー。
そんなレスリーにとっては何気ない一言だろうが、俺は一気に心の霧が晴れたような気がした。
「……ありがとう。レスリーに相談して良かった。今日にでも……話してみようと思う」
「おう! そうしてみろ! ……まぁ、それで嫌われたとしたら、付き合った翌日に振られた記念ってことで飲み会を開こうぜ!」
「ああ、そうしてくれると助かる」
出発する前に、レスリーに伝えておいて良かったと心の底から思えた。
俺が元暗殺者であっても、受け入れてくれている人がいる。
その事実だけで、今まで考え込んでいたのが嘘のように心が軽くなった。
「カミングアウトのことで仕事が手につかないだろうが、今日から働いてもらうぞ!」
「仕事と悩みはしっかり分けるから安心してくれ」
「元暗殺者が言うと言葉の重みがちげぇな! んじゃ……今日はとりあえずリハビリってことで棚の整理と軽い接客。それから配達を頼むぜ!」
「分かった。ガンガン働かせてもらう」
俺はそう返事をしてから、まずはレスリーの横に並んで棚の整理から始めた。
それから開店時間までは品物のチェックと整理を行い、開店してからは接客。
人の少ない時間になってからは配達へと向かい、久しぶりに【シャ・ノワール】での仕事を行った。
規模感としては、働き始めた頃よりも若干忙しい程度と色々な意味で丁度良く、配達も街の中を見下ろしながら懐かしんで行えて良かった。
やはりこうして普通に働くことができるのは楽しいな。
俺は心の底から当たり前の日常に感謝しつつ、全力で業務を行ったのだった。
久しぶりの仕事を終えた俺は、無言で親指を立てて来たレスリーと別れて、スタナの下へと向かった。
俺は昨日以上に心臓が速く動いているが、スタナはきっと俺とは真逆の精神状況だろう。
緊張するのを何とか諫めながら、治療師ギルドの前でスタナが出てくるのを待つ。
レスリーの計らいで少し早く帰らせてくれたため、まだ治療師ギルドにいるとは思うのだが……中々出てこない。
複雑な心境だから長く感じるのか、俺はソワソワしながら待っていると――治療師ギルドから出てくるスタナの姿が見えた。
向こうも待っている俺のことにすぐ気がついたようで、満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。
俺はそんな笑顔を見て、申し訳ない気持ちを抱えつつ声を掛けた。
「スタナ、もう仕事は終わったのか?」
「はい! 今終わったところです! 私に会いに来てくれたんですか?」
「ああ。昨日の今日だが、ちょっと話さないといけないことがあってな」
「話さないといけないこと……?」
俺の表情が固すぎたせいか、スタナは少し困惑気味にそう呟いた。
とりあえず人目のつかないところに移動し、そこでスタナに打ち明けよう。
俺は大きく深呼吸をしてから、スタナについてきてもらうよう伝えた。
辿り着いたのはヨークウィッチを見渡せる高台。
ここは人も少なく、街を一望できるお気に入りの場所だ。
「どこまで行くんですか? それに……無言ですし、何かあったのでしょうか?」
喋らない俺に対し、スタナは恐る恐るそう尋ねてきた。
【シャ・ノワール】を出た時に覚悟を決めたのだが……いざとなって日和っている自分に情けなくなる。
「こんなところまで連れ出して悪かった。スタナには一つ伝えないといけないことがあって……ここまで来てもらった」
「伝えなくてはいけないこと? さっきも言っていましたが……ヨークウィッチから離れる――とかでしょうか?」
「いや、そういう訳じゃなくて……俺の過去についてだ」
「過去……ですか?」
当たり前だが、スタナはピンときていないようで小首を傾げた。
一度俯き、そして大きく深呼吸をしてから――俺は意を決して話を切り出した。
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