第232話 案内

 

 外から目立たないよう、すぐに詰所の中に充満している煙を吹き飛ばす。

 煙が晴れると地面に転がっている二人の姿が見え、俺に押さえつけられている状況に二人は顔を見合わせて気まずそうにしている。


「煙玉の効果はこんな感じだ。室内で使えば隣の人の姿も見えないほど真っ白になる」

「正直、馬鹿にしていたけど想像以上の威力だな。何をしようか考えている内に地面に押さえつけられていた」

「僕もですよ! 地面を押さえつけるって言われてたのに、実際煙幕が張られたら頭が真っ白になってしまいました!」

「今回のように予告もしなければ、もっと効果が出るからな。俺のように位置を覚えて攻撃に転じることもできるし、あの煙を使って逃げることも簡単。二人にも煙玉の良さを理解してもらえたのなら良かった」


 二人の拘束を解いてから、両手を持って立たせてあげた。

 アルフィは煙玉を見せる前のキラキラとした瞳に戻っており、もう一人の兵士の方も感心した様子。

 煙玉のアピールは大成功だったと言えるだろう。


「冷静に考えたら視界を奪うことができるってのは有効だもんな。効果がしょぼいと思っていた俺の考え自体が駄目だったと分かった」

「僕もです! 商人さん、良いアイテムを譲ってくれてありがとうございます!」

「まぁただで譲った訳じゃないけどな。約束通り、この街にある道具屋を三軒紹介してほしい」

「約束は約束だし、もちろん案内させてもらう。アルフィ、案内してこい」

「……えっ!? 僕が案内するんですか?」

「お前が残って、万が一兵士長が来たら、俺が詰所にいない理由の言い訳ができないだろ」


 その指摘が図星だったようで、アルフィは何も言えずに頷いた。


「セルジさん、絶対に僕を売らないでくださいよ! 僕だけ怒られることになったら洗いざらい全部話しますから!」

「売らないから安心しろ。その代わり腹を壊してトイレに籠もってるって設定だぞ。口裏は合わせろな」

「分かりました! それじゃ案内してきますね!」


 アルフィはビシッと敬礼をしてから、俺と一緒に詰所を出た。

 セルジと呼ばれた兵士よりもアルフィの方が取っつきやすそうだし、案内してくれるのがアルフィで良かった。


「まずはどこの道具屋に行くんだ?」

「西地区にある道具屋に向かいます! 近いということもあって、僕が一番通ってる道具屋ですね!」

「やっぱり兵士も道具屋に行くんだな。アイテムは支給されると思ってたから、道具屋とは縁がないものだと思っていた」

「支給はされますけど、数が少ないですから! 各々で買わないと間に合わないんですよ!」

「支給品だけでは間に合わない? ということは、戦闘が頻繁に行われるのか?」

「かなり多いですよ! 僕とかセルジさんが担当しているこの西地区はまだマシですけど、中央通りとか北地区は毎日戦闘が行われますから!」


 この段階で情報を引き出すつもりはなかったのだが、予想以上にアルフィの口が軽くて面白い話が聞けた。

 やはりこの街は治安が悪く、昨日見て感じたように北地区と中央通りではバッチバチに戦闘が行われているようだ。


「そんな風な街には見えないから意外だな。そういうことなら、二人に渡した煙玉は相当需要がありそうだ」

「絶対に需要ありますよ! もう二つくらいは僕が買いたいぐらいですもん! ……って話している内に着きました! ここが紹介する一つ目の道具屋『のんびり屋』です」


 もう少し話を聞きたかったところだが、着いてしまったなら仕方がない。

 アルフィの先にあるのは古びた外観の道具屋で、怪しげな雰囲気を醸し出している店。

 看板はしっかりと出されているが、看板もボロボロだし一人じゃ入ろうと思わない道具屋だな。


「店名はかなりいいな。外観はいまいちだが」

「外観は確かによくないですけど、とにかく値段が安いんですよ! お金がない人にとってはありがたい道具屋なんです!」


 アルフィの熱弁を聞きながら『のんびり屋』の中に入った。

 外観同様に内装も古臭いが、陳列はちゃんとしているしまぁ普通の道具屋。

 ヨークウィッチを離れて色々な街の道具屋を見ているが、改めて考えると『シャ・ノワール』のセンスは一際高かったのだということが分かる。


「いらっしゃい。兵士さん、今日も来てくれたのかい」

「あ、あれ? 一応、僕が来たのは一週間ぶりなんですけど……」

「おお? そうなのかね。同じような装備をしているから見分けがつかなくてすまんのう」


 口ぶりから常連だと思っていたが、名前と顔を覚えられていないようだ。

 その事実にアルフィも酷く落ち込んだ表情を見せているが、そのことには触れずに商品を見させてもらうとしよう。


 置かれているものとしては、『ネバーランド』と近いものが多い。

 冒険者向けに営んでいる道具屋って感じのラインナップだな。


 値段もアルフィの言う通り安いが、その分質も低いから相対的に見て適切な金額設定と言える。

 とりあえず一通り商品を見たし、仲良くなる口実として道具屋を紹介してもらっただけで特に用はない。

 適当に低級回復薬でも買ってから『のんびり屋』を後にして、次なる道具屋を紹介してもらうとしようか。


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