第295話 死臭
扉を破壊する勢いで思い切り蹴り飛ばし、合図と共に騎士全員で建物の中に押し入る。
どんな地獄が待ち受けているのかと、俺も集中して中に入ったのだが――建物の入口には誰もいなかった。
「誰も――いない? 入口にも誰もいないということはもう逃げられた後なのか? ジェイドはどう考えている?」
ゼノビアはこの状況に首を捻り、何が起こっているのか俺に尋ねてきたが、俺もこの建物で何が起こっているのか何も分からない。
ただ、入口にすら誰もいないのであればもう逃げ出した後であり、建物に一人も残っていない可能性が高い――そこまで思考を伸ばしたところで、俺は嫌な臭いを建物の奥から感じた。
「この奥。……奥から僅かだが死臭が漂ってきたような気がする」
「死臭? 死体の臭いってことか?」
「ああ。見てみないと分からないが、少なくとも誰か殺されているはずだ」
まだ死んで間もないからか臭いを強くは感じないが、暗殺者をやっていた俺の鼻は確実に死臭を嗅ぎ取った。
誰の死体なのかが非常に怖いところである。
『モノトーン』がこちらの動きに勘付き、逃げる前に仕返しの意味を込めているのであれば、騎士団関係者の可能性は十分に高い。
帝都にいる俺の知り合いは限られているし、ゼノビアとアラスターが同行していることから考えると、俺の知り合いの可能性は限られているのが救いか。
「それは本当なのか? 私は何も嗅ぎ取れていないぞ」
「人が死んでいるのは間違いない。この奥はダンスフロアになっていて、そのフロアに誰かいる可能性があるからクリアリングをした方がいい」
「分かった。建物の中に突入した時と同じように警戒しながらフロアに入る」
入口付近に誰もいないことを確認してから、死臭を感じたフロアに突入する。
近づけば近づくほど強く臭いを感じ、非常に嫌な予感がしている。
『グランプーラ』内に踏み込んだ時と同じように、ゼノビアは扉を蹴り上げてフロアの中に突入。
俺もゼノビアに続いて中に入ったのだが、目の前に広がっていた光景の衝撃で言葉を失った。
「こ、これは一体……な、なんなんだ……! じぇ、ジェイド、一体何が起こっているんだ!?」
「俺にも意味が分からない。分かることは『モノトーン』の構成員が死んでいるということだけだな」
フロアから感じていた死臭は帝国騎士団のものではなく、『モノトーン』の構成員のものだった。
――ただ、その死体の数は俺の想像を遥かに超えており、ダンスフロア一面に死体が転がっている。
俺の後に突入したであろう一番隊の騎士はこの光景を見て吐き気を催したのか、無数の嗚咽が俺の耳に届いてきた。
長年暗殺者をやっていた俺でも、これほどまでの死体が溜まっているのは見たことがない。
嫌な予感を覚えていた俺ですらショッキングな光景だったし、耐性の低い騎士が吐いてしまうのは仕方がないこと。
「こ、これは……『モノトーン』の構成員、全員が死んでいるのか?」
「全員かは分からない。ただ、死体の数を見る限りでは全員に近い数は死んでいる」
ザッと見た限り、200近い数の死体がフロアに転がっている。
奥にも死体があるのだとしたら、『モノトーン』の構成員が全員死んでいてもおかしくない数。
俺は一番近くにあった死体に駆け寄り、死因を探ってみたのだが、どうやら毒薬を飲んでの自殺。
他の死体も見てみたが、全員が全員同じ死を遂げているのが分かった。
ついこの間までこの場所であれだけはしゃいでいたのに、全員が毒薬による自殺なんて行えるのか?
『ブラッズカルト』は組織の仕組み上、まだ理解ができていたが、これだけの人数が一気に自殺を選ぶなんていうのは普通はあり得ない。
潜入した時に愚痴をこぼしていたのも聞いているし、組織に忠誠を誓ったものよりも組織に属することで旨味を感じたものが多く在籍していたというイメージが強い。
詳しく調べて、なんで自殺を選んだのか判明させたいところだが……俺が調べるよりもクロに直接聞いた方が確実に早いだろう。
「ゼノビア。大変な作業になると思うが、ここの後始末を任せてもいいか?」
「……ジェイドは帝城に向かうんだったな。分かった。ここは私に任せて行って構わない」
「ありがとう。終わり次第、すぐに戻ってくる」
「急がなくていい。こっちは死体の処理だけだろうからな」
「分かった。幹部は残っている可能性があるから、上の階層に向かう時は気をつけてくれ」
「ああ。くれぐれも気をつけさせてもらう」
気配を探った感じからして、もうこの建物には生きている人間がいないと思っているが、万が一何かある可能性が高い。
本当は一度撤収してもらいたいが、この光景を見て撤収という選択は取れないだろう。
ゼノビア含む一番隊の無事を祈ってから、俺は急いで帝城へと向かうことにした。
一体何を考えているのか分からないが、いくら考えたところで俺にはクロの考えは分からないだろう。
クロに早く会いたい。その一心で俺は日の落ちた帝都を駆け、例の秘密の抜け道まで全力で向かったのだった。
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