第16話 気合い十分
休日を堪能した翌日の朝。
身も心もリフレッシュできたため、いつも以上に気合いを入れてから出勤の準備を行う。
昨日購入した革の服と革の靴を身に着け、懐にはしっかりと短剣も忍ばせておく。
余程の相手ではない限り、この短剣を使うことはなさそうだが……念には念を入れて損することはない。
キッチリと準備を整えた俺は、急いで『シャ・ノワール』へと向かうことにした。
別に急ぐ必要はなかったのだが、早くレスリーに礼を伝えたいという思いから全速力でやってきてしまった。
店内はまだ暗いままだが、レスリーの性格を考えるならもう店にはいるはず。
扉を押してみるとやはり鍵は開いており、朝から配達用の品物を詰めているレスリーの背中が目に入った。
「レスリー、おはよう」
「おお、おはようさん! 随分と早い出勤じゃねぇか! 別に開店の三十分前に来てくれればいいんだぞ? この時間帯の給料は支払えないしな!」
「俺が来たいから来てるだけだ。この時間の給料もいらん。……それよりも休日をくれてありがとな。初めて“羽を伸ばす”という感覚を味わえた」
「はっはっは! ジェイドは本当に大げさだな! 休日を与えただけで感謝されるって俺をどんな悪人だと思ってたんだよ!」
「茶化している訳じゃなく、心から感謝しているんだけどな」
「まぁ楽しい休日が過ごせたなら良かったぜ! サービスで働いてくれるってんなら品出しを手伝ってくれ。もちろん昨日の休日の出来事を話しながらな!」
レスリーから指示を受けたため、品出しの手伝いをしながら昨日の話をレスリーに聞かせた。
窃盗犯を捕まえたことは省きつつ、露店市での買い物から大通りのウィンドウショッピング。
それからスタナに武器屋を紹介してもらい、夜飯を食べに行ったことを話すと……。
「おいっ! 何勝手にスタナ先生とデートをした上に飯まで食いに行ってるんだよ!」
「勝手にってどういうことだ? 偶然会って流れでそうなっただけだ」
「うるせぇ! 俺がどれだけ誘っても蝶のように華麗に躱されていたのに、ポッと出のお前がなんで一緒にで、で、で、デートを……ッ! ジェイド、お前。そのことを自慢するために早い時間に顔を出したんじゃないだろうな!」
「デートとやらではないし、言っている意味が分からん。そもそもレスリーが断られているのは年齢が六十近いからだろ」
なぜかキレ散らかしているレスリーを俺は白い目で見つつ、このまま話が進んで行くと色々と面倒くさそうなため、無理やり話を変えにかかる。
「そんなことよりも一つ提案したいことがあるんだ」
「スタナ先生とのデートをそんなことだとッ! それ以上に大事なことがあるってんのか? ああ!?」
「朝から大声を上げるな。元気だがいい歳なんだし、こんな時間から興奮すると体に悪いぞ」
「お前が俺をキレさせ――」
「分かったから落ち着け。それで提案したいことなんだが、配達サービスの告知と並んで店の商品の値段も看板に書いてみるっていうのはどうだろうか。昨日、大通りの店を巡って気づいたことなんだが、ここ『シャ・ノワール』の商品の値段はかなり安い」
レスリーの怒声を遮って俺がその提案をすると、急に大人しくなってニヤニヤとし出した。
前から思っていたが、レスリーは本当に感情が豊かで羨ましい。
俺が感情を表に出すのが苦手……というよりも、クロから感情を出さないように徹底して教えられてきたため、その制限がなくなった今でも上手く感情を表に出すことができないから素直に羨ましく思う。
「……ジェイド、いいところに気づいたじゃねぇか! 流石に露店市とかと比べたら値段は高くなっちまってるが、それでも大通りの店じゃ一番値段を安く売るようにしているんだぜ! それがこの店の唯一の売りとも言える点だ!」
「ああ。色々と店を巡って俺もそう強く感じた。値段だけで比べたら大分安かったし、店が端っこにあるということもあって、そのことに気づいていない人がほとんどなだけで……。知られたらもっと客足が増えると思う」
「確かに認知度を上げるという行為は今まで全然やってなかったな! 配達サービスも看板を出してから一気に客足が増えたしよ! 新たに看板を出すくらいなら労力も少ないしやってみるか!」
正直看板を追加するだけでなく、赤字覚悟のイベントでも開くと同時にビラでも配れば一気に認知度が上がると思うんだが……。
ただ知名度集めにそこまでの労力と金を費やせるほど、『シャ・ノワール』は潤っていない。
今後のことを考えるなら借金してでも開くべきとも考えたけど、意外と安定志向のレスリーがそこまでのリスクを取るとは考えられないしな。
この案はもっと店に客が増えてから提案するとして、今は地道に客を増やすことだけを考えよう。
「ああ。是非やってみてほしい。それともう一つ提案があるんだが、看板に書く内容と同じものを書いたビラを五枚ほど作成してもらえるか? 時間があるときにでも人の目がつきそうな場所を巡って、ビラを貼りだしてくれないかのお願いをしてこようと考えている」
「看板だけでなく張り紙を出すってことか? 許可してくれる場所なんてねぇと思うけどよ……まぁ五枚くらいなら簡単に用意できるし作っておくわ! ジェイド、店のために色々と考えてくれてありがとな! スタナ先生のことは許してねぇが、真面目に働いてくれてるのは感謝してるぜ!」
親指を立て、豪快に笑いながら俺に感謝の言葉を伝えてきたレスリー。
暗殺業は感謝されるような仕事ではなかったし、クロからも褒められたことが一度もなかった。
何気ない感謝の言葉一つでちょろいと思われるかもしれないが、やはり直接感謝されるとよりやる気になってしまう。
「雇ってもらったんだから当たり前の行為だ。それじゃ、俺は早速溜まっている配達を済ませてきてしまう」
「おう! 俺も店番しながら、看板やら張り紙やらを作っておくぜ! 成果が出たらきっちりボーナスを渡すからよ!」
昨日休みをもらったため、いつもよりも溜まっている配達を済ませるべく、出勤して早々だが荷物を持って店を出た。
宣伝効果が高そう且つ、ビラを貼ってもらえそうな場所の目星もつけながら配達を行うとするか。
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