第70話 騒動
宿を移してから、一週間が経過。
本当に快適すぎて、寝泊まりする場所の重要性を思い知らされた一週間でもあった。
仕事の方も非常に順調で、開発中だった煙玉に必要なローク草の受注先が無事に見つかり、煙玉を火炎瓶と同様に百個作り、本日いよいよ発売日を迎えたのだが……。
早朝から外が大騒ぎとなっているのが、宿屋の中からでも分かった。
俺がヨークウィッチに来てからこんな騒ぎは初めてで、強盗とか窃盗騒ぎではないことは分かる。
予想としては、『都影』かゴブリンキングのどっちかに動きがあったと見た。
ただ『都影』ならば、早朝からこれほどの大騒ぎにはならないだろうし、ゴブリンキングが濃厚だろうか。
マイケルは討伐隊を組んでいると言っていたが、どうやら間に合わなかったか失敗したかの二択。
『シャ・ノワール』に向かい、レスリー、ヴェラ、ニア。
そして、散々助けてもらったスタナの確認に向かいたい気持ちがあるが……。
冒険者ギルドに向かい、マイケルから詳しい事情を聞くのが先決。
もう日課となっている朝シャワーも諦めて革の防具へと着替えた俺は、逃げるように移動を開始している人達を見下ろしながら、屋根の上を静かに移動しながら冒険者ギルドへと急いだ。
同じ東地区ということもあり、あっという間に冒険者ギルドへと辿り着いた。
そこそこの冒険者達が集まっており、何やら話をしているが情報が錯綜しているのか、色々な噂話が飛び交っている。
……これは正面から入るのは無理だな。
以前、入らせてもらった応接室を外側から目指し、壁にへばりつきながら応接室の窓を軽くノックしたが――反応はなし。
仕方がないが、緊急事態だし壊させてもらおう。
力が一点に集まるようにしながら、静かに窓を叩き割った。
そして割った部分から腕を伸ばして開錠し、冒険者ギルドの中に侵入することに成功。
中に入ってみて分かったが、外の冒険者以上にギルド職員達が慌ただしくしており、事態の深刻さがその音だけでも窺い知れた。
えーっと、マイケルの声は――あった。
騒がしい冒険者ギルドの中の音を聞き分け、マイケルの声を聞きとった俺は位置を特定。
一直線にマイケルのいる場所まで歩を進める。
声が聞こえたのは恐らくこの部屋の中から。
室名札にはギルド長室と書かれており、中からマイケルを含む二人の声が聞こえる。
本当ならば、マイケルと二人だけで話したかったところだが……事態が事態だけに背に腹は代えられない。
俺は一度ノックをしてから、返事も待たずに部屋の中へと入った。
「ん? 貴様は誰だ!」
怒気の籠もった強い口調でそう言ってきたのは、軍帽を被った若干吊り目のくっきり二重で顔立ちの整った赤髪の男……ではなく、胸が大きく膨らんでいることから女性のようだ。
全く露出はないのだが顔を見ていても胸が視界に入るほど大きいため、なんとなく目のやり場に困る。
「あっ、君がなんでここにいるのだね! ――ギルド長、申し訳ございません。この人物は私の知り合いです」
「マイケルの知り合いだと? マイケルの知り合いが、何故ギルド長室に入ってきたんだよ!」
「そ、それは……私にも分かりかねます」
怒りの矛先が俺からマイケルへと向けられ、噴き出た汗を必死に拭っているマイケル。
ギルド長室にいる訳だしそうだとは思ったが、この女性がヨークウィッチの冒険者ギルドのギルド長なのか。
圧倒的な武を漂わせているし、ガタイも男に負けず劣らずの体格。
名ばかりではなく、ギルド長に相応しい強さを誇っているようだ。
「今回の騒動が気になって来た。どうなっているか教えてくれ」
「はぁ? 教える訳ねぇだろうが!」
「ちょ、ちょっと君! 困るよ、いきなり来られちゃ! ギルド長、すぐに外に連れ出しますので……」
マイケルは睨み合っている形になっている俺とギルド長の間に入り、俺を押し出す形で部屋の外へと連れ出そうとしたのだが――。
「ちょっと待て! ここまでどうやって来た! それだけ答えろ!」
「普通に歩いてきた」
「すぐに連れ出しますので! はい、すぐに!」
「おい、マイケルッ! そいつとの話はまだ終わっ……」
ギルド長の叫び声が聞こえているものの、マイケルはそのまま俺を部屋の外へと追い出した。
そして俺の手を引っ張ると、俺が侵入してきた応接室へと駆けこんだ。
「ちょっと本当に困るんだよ! 君のことは伏せろって、君が言い出したんだから!」
「それは悪いと思っているが、緊急事態のようだからそうも言っていられない。外は凄い騒ぎになっているぞ」
「それも分かっているよ。ただ門は完全に封鎖されており、いくら騒いでもこの街からは出られない。というか、街の外に出たら一切の安全も保障できないからね」
普通に考えたら、街の外で異変が起こっているのに街の外に逃げ出すのは得策ではない。
まぁ、門を破られたらそこで終了だけどな。
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