第39話 センスあり



「ぜぇー、はぁー。ぜぇー、はぁー。ま、まさか……一発も攻撃が当たらないとは思いませんでした」


 戦闘時間は約十分ほど。

 力が完全に尽きたようで、この間のトレバーと同じように汗だくの状態で仰向けになって倒れたテイト。

 模擬戦後の状態は同じでも、内容自体は圧倒的にテイトの方が上だな。


 初っ端の意表を突く砂かけ以外にも、フェイントのいやらしさや体幹の強さも抜群。

 特に秀でているのは攻撃を行うタイミングのセンスで、完全にバランスを崩したところから一気に懐に潜り込んできたときは、少しだけヒヤッとさせられた。

 これで喧嘩以外の戦闘経験がないというのだから、テイトの戦闘の才能はかなりの上位に相当するだろう。


「軽く見るつもりだったが、誰にも止められないからつい体力が尽きるまでやってしまった」

「……はぁー、ふぅー。こ、ここは素手の喧嘩は珍しくありませんから。流石に刃物を持ち出し、流血沙汰になれば騒ぎになりますけどね。他人に構っている余裕がないんです」

「なるほど。これだけ派手に戦っているのに、道理で周囲の人間が一切興味を示さない訳だ」

「それで……私は合格だったのでしょうか?」


 少し間を置いてそう発したテイトの言葉を聞き、思わず首を傾げてしまう。


「合格? 今のは実力を見ただけで試験でもなんでもないぞ」

「えっ、本当に実力を見ただけだったんですか?」

「ああ。どんな自主トレの内容を考えるためのな。とりあえずテイトは短剣を使うといい。普通の片手剣を使うよりも、短剣の方が向いている」

「短剣ですか? それは買っておいた方がいいのでしょうか?」

「そりゃ買っておいてほしいが、金はあるのか?」

「た、貯めればなんとかなるかもしれません」


 トレバーの剣があれな訳だし本当になんでもいいのだが、どんな酷い短剣でも銀貨一枚はする。

 これからトレーニングも行うことを考えると、今のテイトの生活では銀貨一枚も貯められないだろう。


「しょうがない。この短剣をやる」


 テイトに世話になった訳ではないし、ここまでする必要はないのだが……投資と思って俺はテイトに短剣をあげることにした。

 エルグランド帝国から持ってきたこの錆びた短剣は、『ダンテツ』で良い短剣を買ったから一生使うことがないだろうし、捨てるよりかは使う人に渡った方がいい。

 

「短剣まで頂いていいんですか? ――ッ、やっぱり頂けません! 私がそこまでお世話になる義理はありませんので!」

「捨てようと思っていた短剣だし、そこまで考えなくていい。どうしても借りを作りたくないっていうなら、いつか金を稼げたら金で返してくれればいい」


 俺のそんな妥協案でようやく納得したのか、テイトは大きく頷いてから深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます! お言葉に甘えさせて頂き、ジェイドさんの短剣を使わせてもらいます。お金が入り次第すぐに返させて頂きますので!」

「そこまで気負わなくていい。とりあえずこの短剣で素振りの練習と、体力は必須だから朝と夕にランニングを行ってくれ」

「三週間後までに素振りとランニングですね。分かりました。毎日かかさず行わせて頂きます!」

「ああ。俺が三週間後に迎えに来るから、テイトはくれぐれも『都影』に気をつけて過ごしてくれ。それと、短剣の振り方については今から軽く教える」


 それから俺は短剣の振り方をキッチリと教えてから、テイトと別れた。

 隠れてこっそりと様子を窺っていた妹のケイトも、立ち去る俺に小さく手を振ってくれたし嫌われていなそうで少し安心。


 それにしても……テイトが俺にかけた感謝の言葉が耳から離れず、思わず色々と考え込んでしまう。

 テイトを自分に重ね合わせたからといって、わざわざ関係を作ってまで人に良くすることは今までの俺だったらありえないことだった。


 ハチの手帳に『誰かの役に立つ仕事がしたい』と書かれていたからなんとなく盗人から鞄を取り返したりはしたけど、同時に深くまでは立ち入りたくないと思っていたからな。

 『都影』のアジトの時も同じで、人知れず助けるなら良かったが見つかってしまったから不可抗力でああなっただけ。


 人に対して良くするという行為が俺にとって良いことなのか悪いことなのか、未だに自分でも分かっていない。

 ただ……少なくとも、俺はレスリーに良くしてもらったことで救われた。


 だから、レスリーには恩を返していこうと決めていたのだが、テイトはレスリーとは一切関係のない人物。

 ――俺がレスリーに優しくしてもらったから、俺は誰かに優しくするという行為をしたのか……?


 良い、悪い。メリット、デメリット。

 色々な思考で頭がぐちゃぐちゃなまま、俺は結局答えを出せないまま宿屋へと戻ったのだった。

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