第197話 元気印

 

 翌日。

 あの後しっかりとユウセンの果実を採取することができ、うまいこと街中に匂いを残すことができたと思う。


 バーの辺りに匂いを集中させたし、怪しげな外観をしているあのバーを調べないということはまずない。

 それに『都影』と繋がっていたのだとしたら、あのバーのことも知っている可能性はあるだろうし、知られていた方が誘いに乗ってくる確立は上がる。


 何にせよ、今の俺にできることは全てやったため、後はいつも通りの日常を送りつつ報告を待つだけ。

 気持ちを切り替えて、俺は『シャ・ノワール』へと向かった。


 店に辿り着き中に入ろうとしたタイミングで、丁度反対からニアがやってきた。

 ニアとは配達という同じ仕事を行っているが、仕事が仕事故に会うタイミングはかなり限られている。


 そのため、まだ俺の代わりを行ってくれていたことのお礼を伝えられていなかった。

 割と早い時間に出勤してくることのないニアとはあまり会話ができないし、このタイミングでお礼を伝えよう。


「あっ、ジェイドさん! おはようっす!」

「おはよう。今日は随分と早いな」

「珍しく早起きしちゃったっす! ジェイドさんはいつもこんな早くから来てるんすか?」

「まぁ色々とやることもあるしな。それよりも……ニア。俺が休んでいた間、仕事を代わってくれてたんだろ? 本当に助かった」

「いいっす、いいっす! 三日間だけいつもより多く仕事したってだけっすから! それに師匠からその分の給料も多く貰えるらしいっすからね!」


 親指を突き立てて、爽やかな笑顔でそう言ってくれた。

 本当にニアは接する人が明るくなる良い性格をしている。


「そう言ってくれて助かる。何かあった時は俺に言ってくれ。できることならやらせてもらう」

「めちゃくちゃ嬉しいっすけど大丈夫っすよ! 今回の三日間でジェイドさんに任せていた仕事量も分かりましたし、本当ならお礼を言うのはこっちっすから!」

「そんなことはない。とにかく代わってもらいたい仕事とか、俺にできる何かなら頼んでくれ」

「……分かったっす。そこまで言うなら、何かあったらジェイドさんに頼むっすね!」


 ニアは再び親指を突き立てると、店の中に入って行った。

 俺も続くように店の中に入り、レスリーとブレントとおっさんトークをしながら営業に向けての準備を進めた。



 午前中は街中を駆け回って配達を行い、午後は店の方の手伝いに回る。

 時間の経過と共に人気も落ち着いてくるかと思っていたが、日に日に人が増えて行っている気がする。


 接客をしなくてはいけないということもあり、個人的には配達で街を駆け回るよりも店に立っている方が何倍も大変。

 魔道具の予約も今では三週間待ちの状態だし、早いところ何とかしないといけない。


 職人のところに行くのも数日後回しにしていたし、今日は絶対に顔を出して話を行わないといけないな。

 従業員全員で必死になって接客し、今日もなんとか問題を起こすことなく閉店まで回すことができた。


「ふぅー、本当に大変ですね。私は色々な場所で仕事をしてきましたが、ここが一番忙しいかもしれません」

「本当にブレント達がいなけりゃパンクしてたかもな! ジェイドの言うことを聞いて、早めに従業員を募集して良かったぜ!」

「私が入ったばかりの頃は暇で良かった」

「そう言うけどよ、ヴェラがこの店を人気にしたって言っても過言ではないだろ! 自分で人気にしておいてその物言いはないな!」

「そうだな。その分金も貰ってるだろ。普通に冒険者だった時より稼げてるんじゃないか?」

「まぁそれはそう。冒険者の時より大変だけど、お金は三倍くらい稼げてる。……ただ使う暇がない」


 ヴェラは金の話になってニヤけたかと思えば、時間がなくて使えないことを思い出してムスッとした表情に変わった。

 最初はポーカーフェイスだった気がするが、最近では目に見えて表情が変化するようになった気がする。


 俺が見慣れたこともあるだろうが、接客で嘘でも笑顔を作るし表情筋が活発化しているのだろう。

 無表情より表情豊かな方が絶対に良いし、ヴェラにとってもプラスな変化なはず。


「それは俺も同じだが、楽しいというのが重要だと思う。ヴェラも仕事がつまらないって訳じゃないだろ?」

「まあね。自分が考えた商品が売りに出されて、買ってくれる人がこの目で見られるのは嬉しい。こうやって店自体が人気になっていくのも達成感あるし」

「だったら、しばらくは仕事に打ち込んでもいいんじゃないか? 俺達と違ってヴェラはまだ若いしな」


 俺の言葉に対して色々と考えているのか、何度も首を横に捻っては頷いている。


「まぁ難しい話はよく分からないが、辞めたいならいつでも辞めてもいいからな! 店としてはめちゃくちゃ困るし辞めてほしいなんて俺は思わないが、俺が無理に引き留めることは絶対にしない!」

「その言葉を聞けたのは安心したかも。楽しいから今は全く辞めるつもりはないけどね」


 ヴェラはまだ容姿が良いからなんとかなっただろうが、雇ってくれるところが一つもなかった俺にもこう言ってくれるレスリーは心が広い。

 そんなレスリーを喜ばせるためにも、これから職人のところへ行くとしよう。


「俺は『シャ・ノワール』とレスリーのために全力で貢献させてもらう。そのために今から職人のところに行ってくる」

「あっ、私も行く。話したいことあるし」

「こんな話をしたばかりなのに二人とも悪いな!」

「気にするな。こっちが勝手にやってることだしな。それじゃまた明日」


 申し訳なさそうにしているレスリーと微笑んでいるアバルトと別れ、俺はヴェラと共に職人たちの下に向かうことにした。

 改めてやる気が漲ったし、張り切って話し合いを行うとしようか。


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