第125話 大木


 前回は冒険者の姿がほとんど見えなかったのだが、今回はそこそこの数の冒険者がいる。

 フレイムセンチピードを狩っていたのは深夜帯だったため、これだけ増えていることには気づかなかった。


 ゴブリンキング騒動も風化し始めているのは良いことだが、穴場ではなくなっていることが非常に残念。

 すれ違いざまに睨んでくる冒険者を鬱陶しく思いながらも、ベノムマンティスが巣作っている森の真ん中付近を目指す。


 流石に奥まで行けば、冒険者の数はめっきりと減るだろう。

 ベノムマンティスを見かけたのは、ゴブリンキングが拠点としていた泉の近く。


 北の森の中でも一、二を争うほどの大きい木に卵嚢を作っているのを目撃した。

 あの卵嚢から子供が生まれていたら非常に厄介なのだが、以前見た時から考えるとまだ孵化はしていないはず。


「僕、ここまで奥まで来たの初めてです! オークの時はここまで深くまで入ってなかったですよね?」

「オークの時はもっと手前だな。この辺りからはいつ魔物に襲われてもおかしくない。くれぐれも注意だけはしておいてくれ」

「や、やっぱりそうなんですね! 注意しておきます!」


 魔物が近づいてきたら気配ですぐに分かるが、気配を感じない魔物とかだと対処のしようがない。

 足元の草が深くなるとヴェルメリーチなる魔物が出現し始め、いつの間にかに体に引っ付いて卵を体内に植え付けてくる。


 植え付けられてもすぐに適切な対処をすれば何も問題ないのだが、対処が遅れれば卵を植え付けられた箇所の切断を行わなくてはいけなく、最悪の場合死の危険すらある。

 植え付けられても痛みすらないのが非常にやっかいなのだが、森を出た際に確認すれば特に気にすることのない魔物なのも事実。

 

 二人に説明しても余計に怖がらせるだけなので、特に説明することもなく進んで行った。

 そして、泉から続く小さな小川の横にある大木に到着。


 黒々とした卵嚢が引っ付いているが遠目からでも見え、その木の上にはベノムマンティスの姿が確認できた。

 卵嚢の近くで待機しているということは、恐らく木の上にいるのはメス。


 ベノムマンティスはメスの方が圧倒的に凶暴なため、できればオスと戦わせたかったのだが、こればかりは仕方がない。

 前回見たときは、餌を取ってきたであろうオスもいたのだが、二人の運が悪かったということ。


「あの木にひっついてるのが、今回僕達が戦う魔物ですか?」

「いや、今トレバーが見ているのは卵嚢だ。黒い塊の少し上を見てみろ。木の枝に擬態して分かりづらいが、大きな虫型の魔物がいる」

「……あっ、見えました。カマがついている魔物ですよね?」

「えっ? えっ? どこにいるの? 僕の目には木しか見えません!」


 すぐにベノムマンティスを見つけたテイトと、見つけられずに慌てふためいているトレバー。

 毎度この対比のような気もするが、どちらにせよおびき出すため今見えているかどうかはあまり重要ではない。


 トレバーのことは気にせずに二人をこの場に置いて、俺一人でベノムマンティスの巣へと近づいていく。

 近づいてくる俺に対して警戒を強めたのが分かり、攻撃する姿勢を見せている。


 ベノムマンティスはまだ気づかれていないと思っているのか、器用に体を動かしながら攻撃を行える位置に移動を開始した。

 俺の位置から見えないように木の裏を通って静かに移動しており、あっという間に俺の真上の位置にまでやってきている。


 メスを挑発するために最初は卵嚢を破壊しようと考えていたのだが、あの卵からは新たなベノムマンティスが生まれる。

 テイトやトレバーの良い練習相手となることを考えると、破壊せずに取っておいた方が良いと判断。

 西の森に来る他の冒険者には迷惑な話かもしれないがな。


 そんなことを考えている内に、真上にいるベノムマンティスは攻撃する意思を固めたのか、カマを構えてから飛び降りながら攻撃を仕掛けてきた。

 両腕にあるカマを躱しつつ、鋭く凶悪な顎に拳を軽く打ち込んでから、逃げると見せかけて二人の下へと誘導する。


 この辺りは草が高く生い茂っているため、視界が確保しやすい二人の位置まで誘き出すことが最優先。

 流石に視界を確保できていないと、今のトレバーとテイトでは瞬殺されてしまうからな。


 顎に一発入れられたことにキレたのか、前回のオークと同じく俺の後をまんまと追ってきているベノムマンティス。

 カマを振り回しながら、オークとは桁違いの速度で俺を捕まえようとしている。


「トレバー、テイト。連れて来たぞ」

「うわー! 本当に危険そうな魔物じゃないですか!」

「トレバー、落ち着いて。オークの時と同じように、ベノムマンティスの攻撃は私が防ぐ」

「う……分かった! 攻撃には一切意識を割かずに攻撃するから、テイトに防御は任せた!」


 二人は軽く声を掛け合ってから、トレバーが俺と入れ替わるようにベノムマンティスに飛び込んで行った。

 圧倒的格上の魔物なのにも関わらず、いつもと変わらない動きで斬りかかるトレバー。

 死が怖くないのかと思ってしまうほどの動きに、本当に関心してしまう。

 

「トレバー、そのまま攻撃して!」


 テイトの指示に無言で頷き、頻りに傾げているベノムマンティスの首を狙って玉鋼の剣を振り下ろした。

 一切焦っていない、いつもと変わらない動きなのだが、それは良くも悪くもアイアンランク冒険者の速度。

 ベノムマンティスに一撃を与えるためには――遅すぎた。

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