第133話 順調な滑り出し


 ヴェラとの毒煙玉実験から、五日が経過。

 レスリーと会議を重ね、昨日無事に毒煙玉が発売された。


 最初の勢いが最悪だった魔道具とは違い、過去一番の初速を叩き出した毒煙玉。

 用意していた百五十個の毒煙玉が初日の夕方には売り切れており、ヴェラも俺がプレゼントをあげた時以来の笑顔を見せた。


 販売価格は通常の煙玉の倍の銀貨四枚だったこともあって、魔道具の制作費を帳消しにできるぐらいの稼ぎを得ることができた。

 煙玉は視界を遮るだけなのに対し、毒煙玉は視界を遮りつつ毒で動きを止めることができる性能。


 自分が吸い込んでしまうリスクはあるものの、ほぼ確実に逃げることができるという利点でルーキー冒険者も、もしものために一つは持っていくという人が多かった。

 命を銀貨四枚で守れるなら安いくらいだし、俺が思っていた以上に需要が高かったようだ。


 魔道具の方も順調に売り上げを伸ばしているし、昨日は毒煙玉の売り上げに引っ張られてか二十個も捌くことができた。

 ヴェラの両親繋がりか分からないが、良い服装の客もちらほらと増えだしているため、全体的に一日の来客が増えているのも大きい。


 魔導具を売り出し始めたばかりの時は失速するかとも思ったが、順調すぎる日々に楽しさが増していく。

 店の金をどれくらい貯めているのか分からないが、そろそろ増築か移転を考えてもいいのではと俺は思っているぐらいだ。


 その辺りはレスリーと話さないといけないが、それとなく提案してみても面白いかもしれない。

 ……と、充実し過ぎているため仕事のことだけに注力したいところだが、今日は休日。


 時間を自由に使えるのであれば休日も楽しいのだが、マイケルから連絡があって今日はエイルと食事の予定が入っている。

 良い店を紹介してくれるとのことだったが、エイルと会うのは少し面倒くさい。


 マイケルからの話もあると言われたし、表情を見る限り良い話ではないのがすぐに分かった。

 足取りは非常に重いが、準備をして待ち合わせ場所であるギルド長室に向かうとしようか。



 シャワーを浴び、準備を整えた俺はギルド長室へとやってきた。

 中にはマイケルとエイルの気配があったため、ノックをしてからすぐに扉を開けた。


「おっ! ジェイド来たか!」

「急に呼んですまないね。ギルド長が誘えとうるさいのと、私の方からも話があって呼び出してしまった」

「今日は休みの日だから構わない。飯屋で話をするんだよな? 早速移動するのか?」

「ああ! 俺とマイケルはとっくに準備ができているからすぐに移動する! 俺の後をついてきてくれ!」

「私の話もお店に着いてからさせてもらうよ。……それにしても、少し前まで犬猿の仲だったとは思えないですね」


 ニッコニコの笑顔で俺に話しかけたエイルを見て、心底不思議そうに呟いたマイケル。

 当事者ではあるが俺も全く同じ心境のため、マイケルの気持ちは痛いほど分かる。


 上機嫌のエイルの後を追い、向かった先はまさかの北の富裕層エリア。

 てっきり大衆食堂かどこかかと思ったが、高級な料理屋でも連れて行ってくれるのだろうか。


 未だに慣れていないエリアに期待が高まる中、辿り着いたのは何の看板もないただの一軒家。

 庭付きの家が立ち並ぶ中、普通すぎる家に拍子抜けしてしまったが……この辺りは土地だけでも高いはず。


 ここが料理店なのかだけが疑問だが、『パステラサミラ』の匂いに文句を言っていたぐらいだし、エイルが食にうるさい人物だと言うのは分かっている。

 期待をしたまま、俺はエイルの後に続いて一軒家の中へと入った。


「アリアーナ! 来たぞ! 準備はしてくれているだろうな?」


 家の中に入るなり、そう声を掛けたエイル。

 中も店という感じではなく、本当にただの家って感じの内装なのだが……強烈な料理の良い匂いが家の中に充満している。

 昨日の昼から飯を抜いているため、思わず腹が鳴りそうになったが必死に抑え込んだ。

 

「エイル、やっと来たのね。準備はできているから入って来てちょうだい」


 家の奥から返事があり、中に入ってみると――テーブルの上に大量に置かれた料理の数々が目に飛び込んでくる。

 その先に声の主がいるのだが、強烈な匂いと圧倒的な見た目の料理に釘付けとなってしまう。


 料理は基本的に肉料理。

 様々な調理法が用いられた料理が並んでおり、茶色一色なのに色鮮やかに見えるのが不思議だ。


「いらっしゃい。そっちの彼が話していた人ね」

「ああ! 俺と同じくらい強い奴なんだぜ! ……と、話の前に腹が減った! もう食ってもいいか?」

「もちろん。冷めないうちに食べて頂戴」


 アリアーナという人物に促され、俺とエイルはすぐに席について料理に食いついた。

 爆発的な旨味の暴力に感激しつつ、二人して無言で食い進めていく。


「いきなり来て挨拶もせずにすまんね」

「私の料理を喜んでもらえているみたいだし嬉しいわよ。マイケルさんも食べてください」

「じゃあ遠慮なく頂かせてもらうよ」


 ほどほどに挨拶を済ませたマイケルも俺の隣に座り、三人でテーブルいっぱいに並んだ肉料理を貪り食ったのだった。



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