第220話 定食屋
向かった先は、『ハートショット』の製造場所でもあった例のバーの付近。
スタナとこの辺りを歩くというだけで変に緊張するのだが、俺が緊張しているなんて知る由もないスタナは警戒な足取りで歩みを進めていく。
「また変わった場所に行くんだな」
「メジャーな場所を紹介してもしょうがないですからね! ジェイドさんが知らない場所を紹介したいので、今日は変な場所ばかり行っていると思います」
そんな会話を挟みつつ、辿り着いたのは何の変哲もない定食屋。
行ったことはなかったが、この定食屋は何度か見かけたし記憶にある店だ。
「定食屋……? 変わった料理でみ提供してくれる店なのか?」
「違います! このお店に来たのは料理が目的じゃありませんので!」
定食屋なのに料理が目的ではない。
言っている意味がいまいち理解できないが、とにかく中に入ってみれば分かるのだろう。
そんなことを考えながらスタナの後について店の中に入ったのだが、店内もごく普通の定食屋。
料理の種類も豊富で良い匂いが漂っており、まだパンケーキしか食べていないこともあってお腹が空いてくる。
ちなみに客入りは昼時だけどそこそこ。
気になる点と言えば、全員が唐揚げ定食を頼んでいることぐらいだろうか。
「すいません。ビアルさんいますか?」
「いるよ! 適当なところに座っていてくれ!」
定食屋に入るなりそんな声を掛けたスタナ。
店の奥から返事があり、言われた通りに適当な席に着く。
「中に入ってみたが普通の定食屋だし、未だに何を目的で来たのか分からない」
「ふふふ、もう少しで分かりますよ!」
焦らしてくるスタナの言葉に従い、軽い雑談をしながら店員が来るのを待つ。
メニュー表も普通だし、一体何の店なのか期待していると……。
「おお! スタナじゃねぇか。久しぶりだな」
「ビアルさん、お久しぶりです。今日もアクセサリーを買いに来ました!」
「いつもの奴か。ちょっと待っていてくれ」
ビアルと呼ばれていた店員はそう告げると、再び厨房の方へと戻っていった。
それにしてもアクセサリー?
定食屋でアクセサリーの意味が分からないが、アクセサリーを見に来たとは想像もしていなかった。
少し変わっているという情報から色々な想像をしていたが、本当に変わった店だな。
「定食屋でアクセサリーって訳が分からないな」
「ここの店員のビアルさんは、王都でアクセサリーを作る超一流の彫金師だったんですよ! 色々と嫌になって王都を出て定食屋を開くことにしたみたいですが」
「彫金師から転職して定食屋の店主か。真逆すぎてそりゃ想像もできない訳だ」
俺も人のことを言えないが、中々に珍しい転職だと思う。
「そんなこともあって趣味でアクセサリーを作っているみたいで、その作ったアクセサリーを常連さんに売ってくれるんですよ!」
「へー。定食屋でアクセサリー。それも超一流の職人が作ったものというのは面白いな」
「出来も凄いですし、特殊な効果もついているって話ですよ!」
答え合わせとしてこの店についてを聞いていると、奥から店主のビアルが戻って来た。
手にはケースが持たれており、恐らくあのケースにアクセサリーが入っているのだろう。
「今あるアクセサリーを持ってきたぞ。ここで見るのかい?」
「ここでも大丈夫ならここで見させてください!」
「俺は別に構わねぇよ。それじゃゆっくり見てってくれ」
そう言うとビアルはケースを置いて、再び厨房へと戻って行った。
貴重なものなら盗まれる可能性だってあるのに、アクセサリーを置いたまま消えるということは余程信頼されているのだろう。
「早速見てみましょう!」
周囲の注目を浴びながらも、気にする様子を見せずにケースを開いたスタナ。
黒いケースの中にはアクセサリーが並べられており、特に興味がない俺でも見入ってしまうほど素晴らしいものばかり。
これだけデザイン性が素晴らしい上に特殊な効果まで付与されているなら、超一流と呼ばれていたのも頷ける。
「……凄いな。思わず見入ってしまう」
「本当に凄いですよね! ちなみにここのアクセサリーは一年に一個までしか買えませんので、慎重に選んでください!」
「一年に一個って制限付きなのか」
「趣味で作っている上に買いたい人がたくさんいるみたいですからね! 今回は私からジェイドさんにプレゼントしてあげます!」
「いや、それは流石に悪い。さっきも奢ってもらったし、今回は俺からスタナに――」
「駄目です! 今回は私が全て奢りますので、ジェイドさんは私にお土産を買ってきてください。楽しみに待ってますので!」
そう言われてしまったら断ることはできない。
この一件も含め、絶対にヨークウィッチに戻ってこなくてはいけない理由が一つ増えたな。
「……分かった。今回は遠慮なく甘えさせてもらう。その代わり、とびきりのお土産を持って帰ってくるから待っていてくれ」
「はい! 絶対に買ってきてくださいね!」
満面の笑みを向けてくれたスタナと約束を交わした。
お土産と言われても何も思いつかないが、絶対に何か見つけて帰らないといけないな。
クロを追うよりも大変そうだが、約束したからには絶対にこれと思えるお土産を買ってくると俺は心に誓った。
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