第253話 一発


 ディーラーは焦りに満ちた表情を浮かべており、強面の男方は口角をヒクつかせて顔を強張らせている。

 この二人のこの表情を見ているだけで気持ちが良いが、煽りすぎたし暴れ出してもおかしくない。


「て、てめぇ……! 随分と舐めた口を聞いてくれてんなァ!!」

「いいから早くイカサマの証拠を出せ。先にそう言ってきたのはお前の方だぞ」

「もう構いやしねぇ! そっちがその気なら痛い目を見なけりゃ分からねぇようだな」


 そう言うと、強面の男は両手をポケットの中に突っ込んだ。

 そしてすぐにポケットから手を抜くと、構えた拳には金色に輝くメリケンサックが装着されていた。

 口で言い負かされたから、暴力で事を治めるつもりなのだろうが……残念ながら俺は戦闘の方が何十倍も得意。

 

「泣いて詫びても許さねぇからな! この賭場で調子に乗ったことを後悔させてやる」

「全部そっちから仕掛けたことだけどな。どうせやるならあっちのリングで――」


 俺は今は閉鎖されている特設リングでの戦闘を提案したのだが、全てを話し切る前に強面の男は殴りかかってきた。

 サウスポーで、デカい図体の割りには構えはシャープ。


 普段ならジャブで相手を崩していくスタイルなのだろうが、頭に血が昇っているからか一撃で決めようと利き手である左手を絞りすぎている。

 一応右手のフックから拳を振ってきたものの、その後の左のストレートが見え過ぎているため、右フックは上体を逸らして躱すだけに留め、大振りした左のストレートに合わせて顎先を打ち抜いた。


 意識外からの一撃ということも相俟って、頭から地面に倒れた強面の男。

 まあまあ強い気配を纏っていたが、舐めてかかってきてくれたお陰で瞬殺することができたな。


「どうする? お前も戦うか?」

「い、いえ……暴力は嫌いですので」


 ディーラーは汗を噴き出しながら、掛け金の白金貨二十枚を俺の下へと差し出してきた。

 戦闘が行われたことで賭場内は騒然としているが、一撃で倒したこともあってそこまでの騒ぎにはなっていない。


 本当はもっと注意を集めて上の人間を引っ張り出したかったが、いいものも見れたし今日のところはこの掛け金を貰って帰ってもいいな。

 掛け金の白金貨二十枚を乱雑に鞄の中に押し込み、俺は動けずにいるディーラーに背を向けて、俺は賭場を後にする。


 南の森で見かけた男の行方は分からなかったがこの賭場に出入りしていることは分かったし、廃れた家具屋から繋がる地下通路がこの賭場に繋がっていることも分かった。

 今日はヴィクトルについて調べるつもりはなかったのだが、勝手に情報が手に入ったし収穫は十分すぎる。


 違法な博打での金だが、大金も手にできたし万々歳。

 俺はほくほく顔で地下通路を抜け、先ほどのバーへと戻ったのだが……バーへと出たところで黒服に身を包んだ屈強な男が四人と、シルクハットを被った初老の紳士が待ち構えていた。


「戻ってもらっても大丈夫かな?」


 屈強な黒服を付き添わせている初老の紳士が、笑みを浮かべて俺にそう言ってきた。

 強面の男と戦闘になってから数分しか経っていないのだが、随分と動きが早かったな。


 今日のところは捕まることはなく、抜け出ることができると思っていたが見通しが甘かった。

 まぁ元々は上の人間を呼ぶために暴れたため、この初老の紳士が出てきてくれたのは俺にとっても好都合。


「分かった。さっきの場所に戻ればいいんだな」

「話が早くて助かります」


 ハットを取り、深々と頭を下げてきた初老の紳士を横目に、俺は来た道を戻って賭場へと戻る。

 俺の後ろには四人の黒服の男と初老の紳士をついてきており、完全に逃がさないようにしている。


 地下通路を抜けて賭場に戻ると、先ほど俺が気絶させた強面の男が目を血走らせながら睨みつけているのが目に入ってきた。

 目は覚めたようだが脳を死ぬほど揺らすように殴ったため、まだまともには動けないだろう。


「も、戻ってきたな! ぶち殺してやる!!」

「こらこら、ゴードン君。あなたは大人しくしていてください」

「で、ですが、舐めた真似をしてきたのはコイツで――」

「まともに動けないでしょう。話は私の方でつけますので、静かにしていてください」


 俺の背後に立つ初老の紳士にそう諭されたことで、怒りの感情が一瞬にして消え去ったように見えた。

 見た目からして上の立場の人間だと思っていたが、ゴードンと呼ばれた強面の男の反応を見る限り、この賭場を取り仕切っている人間でもおかしくない。


 そんな人間が俺を回り込んで待ち構えていたのは気になるが、上の人間を引っ張り出せたのはラッキーだった。

 色々と調べ倒して、情報をアルフィとセルジに売るとしよう。


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