第264話 奥の手


 突然のことで何が起こったのか理解できていないようで、完璧に取り押さえられているのに動こうとしているヴィクトル。

 ただ、動こうと藻掻く度に頭を強く踏みつけたことで、次第に自分の状態を理解し始めたらしく大人しくなった。


「うっひゃー! なんですか今の動き!? まばたきした瞬間にジェイドさんが前に居たんですけど!」

「俺も全く分からなかったが、とにかく助かった!」

 

 後ろから興奮気味の二人の声が聞こえ、俺は頷いて返事をしつつヴィクトルに突き刺した短剣の回収を行う。

 さて、ここからどうするかだが……隙あれば逃げ出しそうだし拘束具があればいいんだけどな。

 本当に今更だが、殺してはいけないという縛りは非常に難しい。


「絶対に許さない。殺してやるからな」

「その体勢で未だに威勢がいいのは感心する」

「はっはっは。――奥の手があるからに決まっているだろ」


 俺自ら捕らえているし、どう足掻いても逃げ出すことはできないはず。

 ただ、ハッタリをかましているようにも見えないし、本当に何か奥の手があるのかもしれない。


 仲間が近くに待機している可能性も考慮し、油断はせずにどう動いてくるかを冷静に見極める。

 どんな動きをしてこようが、絶対に対処できるつもりでいたのだが、目の前で起こったのは俺の予想を大きく超える現象だった。


「……死にたくない? 死にたくない!」

「え?」

「アルフィ!」


 完全に勝利ムードの中、急に叫んだのは先ほどまで人質に取られていた兵士。

 ヴィクトルから解放された後はアルフィに支えられていたのだが、叫び声をあげたと同時にアルフィの腹を短剣で突き刺したのだ。


 そして突き刺した短剣を構え直すと、俺の下に駆け寄り斬りかかってきた。

 何がなんだか分からず、まずこの兵士がヴィクトルとグルだった可能性が頭を過ったが……兵士の目は虚ろで焦点が定まっていない。


 危うくカウンターで斬り殺しそうになったが、兵士の剣を弾いて背後を取り、首を絞めて無力化に図る。

 数秒で意識を飛ばす完璧なバックチョークだが、この状況での数秒というはあまりにも致命的だった。


 俺から解放されたヴィクトルは混乱に乗じ、そのまま詰所から外へと逃げ出した。

 殺すなどの強気な言葉から攻撃を転じてくると思っていたが、一目散に逃げたことで虚を突かれた。


 セルジはアルフィの対処を行っており、このままではヴィクトルを逃がしてしまう。

 優先順位はアルフィだが、俺が見た限りでは幸い命に別状があるような傷ではない。


 アルフィはセルジに任せ、俺はヴィクトルを追うのがいいはず。

 意識を飛んでいる兵士を優しく地面に寝かせ、すぐに逃げたヴィクトルの後を追おうとしたのだが……。

 俺の前に立ち塞がってきたのは、先ほどまで怯えるように端の方で身を屈ませていた二人のヴィクトルの部下。


 この二人も目は虚ろで、焦点は定まっていないまま。

 三人が三人とも操られているということは、事前に何か仕掛けていたのだろう。


 無視して追いたいところだが、アルフィはもちろんのことセルジも戦える状態ではないため、追いかけるなら最速で二人の兵士を無力化させなければならない。

 俺は短く深く息を吐き――久しぶりに本気で集中する。


 ここからの狙いはゴードンに行った時と同じように、顎先をかすめ取って意識を飛ばすこと。

 一発ずつを。二人同時に。しばらくは起きれないぐらいの威力で。


 頭の中で無数の動きをイメージしながら、俺は二人の兵士に突っ込んで行く。

 虚ろな目をした二人の兵士は、高速で突っ込んできた俺に怯む様子は見せず、淡々と剣を振り下ろしてきた。


 俺に向かって振り下ろされる二本の剣をギリギリで回避しつつ、相手の振り下ろした威力を乗せるように右手で一人の兵士の顎先を打ち抜き――そして、左手でもう一人の兵士の顎先を打ち抜いた。

 首が九十度に曲がり、頭から倒れた二人の兵士。


 首が折れていないかの心配もあるが、折れていたら折れていたでこればかり仕方がない。

 俺は振り返ることはせず、後ろで倒れているアルフィと処置を行っているセルジに声を掛ける。


「俺はヴィクトルを追う。セルジ、アルフィを頼んだ」

「は、はい! ぼ、僕は大丈夫ですので、絶対に捕まえてください!」

「ああ。ジェイドは追ってくれ。傷は思っているよりも深くないから、アルフィは俺に任せて大丈夫だ」


 アルフィも声を震わせながら声を掛けてくれた。

 二人に手柄を挙げさせるためにも、これは絶対に捕まえないといけない。


 俺は親指を立てて返事をし、ヴィクトルを追って詰所を飛び出る。

 一瞬とは兵士に足止めされたため、ヴィクトルの逃げた方向が分からないが……逃げ込むとしたら地下通路のある廃れた家具屋のはず。


 俺に後をつけられたことは勘付いていない様子だったし、地下通路から逃走を図るに違いない。

 廃れた家具屋からは兵士長が突入しているだろうし、背後から襲わせないためにも先回りしなくてはな。

 俺は一気に屋根上に駆け上がり、ヴィクトルを探す動作は挟まずに最短ルートで廃れた家具屋に向かった。


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