第297話 お願い
「自分の手足となって動いていた人をわざわざ殺すとは思わないからな。それに……俺自身が死んでいなかった。なぜ俺だけは殺さないでおいたんだ?」
「ジュウだけに特別な感情を持っていたり、何か意図があって殺さなかった訳ではない。単純にお前は俺の『お願い』が効かなかった」
『お願い』というのは、やはりマインドコントロールのようなものなのか。
ヴィクトルも俺に何か仕掛けようとしてきていたようだが、効かなかったと言っていたことを思い出す。
「俺には耐性があったのか。それで自殺させることができなかったって訳だな」
「そういうことだ。どう足掻いても殺すことができず、無茶苦茶な依頼も引き受けたがお前は楽にこなし続けた。そして、勇者の殺しの依頼すらもやってのけてしまった。本当に、本当に何度俺がこの手で殺そうと思ったか。……ジュウの親である私の最後の頼みがある。――死んでくれないか?」
その瞳は心の底から願っているように思えなく……いや、心の底から俺の死を願っているのだろう。
勇者の殺しの仕事を終えた後、王国に行く前だったら俺はこの願いを引き受けていたかもしれないな。
それぐらいにはクロの忠実な犬だったと自覚しているが、クロ自身はそんな俺を信じることはできず、『お願い』が効かない唯一の人間として脅威に感じていた。
だから、適当な理由をつけた上で帝国から離れさせ、俺が王国に行った後も己の身が心配で監視させていたって訳か。
色々と疑問に思っていたことが解消されてスッキリとした気分になる反面、クロの小心者っぷりに幻滅していくのが分かる。
……ただ異常なほど慎重で小心者だからこそ、クロは表と裏の二つの世界でトップに昇りつけることができたのだということも理解できる。
「帝国を出る前なら従っていたかもしれない。ただクロの全てを知り、俺には既に帰る場所がある。クロ……いや、お前の指示には従うことはできない」
「そうか。そういうことなら仕方がない。初めて私自ら手を汚さないといけない日が来たのかもしれない」
クロは小さく呟くと、腰から剣を抜いた。
青く光り輝いているその剣には見覚えがあり、確か俺が殺した勇者が持っていた剣。
「その剣は勇者が持っていた剣か?」
「覚えていたか。この剣は勇者が持っていた剣。あの勇者にはもったいない剣だったがな」
「忘れる訳がない。それと剣を抜いたということは俺とやり合うということでいいんだな。俺は本気で殺しにいくぞ」
「ふっ、ジュウに全てを教えたのは私だぞ? まさか勝てると思っている訳じゃないよな?」
クロは剣を構えたのだが、流石の洗練された構えで背筋が寒くなる。
俺がずっと手本にしてきた姿であり、模倣し続けてきた構え。
「――身体能力、技術、武器の質。全てにおいて私の方が上。私はジュウと勇者の戦闘を見た上でのこの評価。もはや戦わずとも分かるだろう?」
「俺も同じで、お前に負ける未来が見えていない。ここでしっかりと超えた姿を見せることを約束する」
「ふふふ、初めての殺しだ。最高のものにしてくれると期待しているぞ。――それじゃ始めるか」
その言葉を皮切りに、一気に攻撃を仕掛けてきたクロ。
独特なステップを踏みながら、俺のバランスを崩しにかかってきている。
ステップを踏んでいるのに上体が一切ブレておらず、本当にどうやって攻撃を仕掛けてくるのか想像がつかない。
俺がこれまで対峙してきた相手の中でも、群を抜いて強い相手だということが剣を交える前から分かり、思わず笑みがこぼれてしまう。
「戦闘中に笑う癖は未だに直っていないんだな。ただ……いつまで笑っていられるか見物だ」
そんな言葉と同時に様々な角度から攻撃を開始してきた。
急所のみを狙った攻撃ではなく、俺の動きを鈍らせる箇所も狙ってきており、本気で攻撃が読みづらい。
俺は筋肉の動きである程度予測をつけることができるのだが、クロは俺が筋肉の動きで見極めることすらも利用して翻弄してくる。
向こうが片手剣で、こちらが短剣ということでギリギリ防御が間に合っているが、一切攻撃に転じれる気配がない。
「一応成長はしているのか。道具屋の店員になったと聞いたときは落ちぶれるだけだと思ったんだがな」
息切れ一つなく、嫌味も交えながら攻撃の手を速めてくるクロ。
今は耐えきれているが、武器差が酷すぎてあとどれくらい耐えられるか分からない。
ウーツ鋼の特注の短剣ではあるものの、流石に伝説の鉱石で作られたであろう勇者の剣には遠く及ばないからな。
防御に徹しながら動きのパターンや癖を読もうとしたが、分からないということだけが分かっただけ。
先に俺から仕掛けたくなかったのだが、こうなったらカードを切るしかない。
俺はこの状況を打開するべく、魔法を解禁することを決めた。
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