第61話 西の森
ヨークウィッチを発ってから、西に進むこと約一時間半ほど。
ようやく目的地である西の森へと辿り着いた。
とにかくヴェラの口数が少ないせいで、この一時間半が大分長く感じた。
アイテムのアイデアについて話を振った時だけ良い反応を見せるものの、それ以外の話題では基本『うん』のから返事か無視。
森に入る前だというのに、なんだかやけに疲れた気がする。
「久しぶりに来てみたら意外と近い。移動速度を上げてきたからかも」
「俺は配達で移動には慣れているからな。帰りはもっと速くてもついていけるぞ」
「私が無理。無駄話はいいから中に入ろう」
返事をしたのに酷い言い草だな。
もう慣れたからいいが、レスリーなら放心しているはず。
「それで森のどの辺りまで行くんだ?」
「奥までは行かない。採取のしやすさに重きをおいているから」
「なるほど。採取のしやすさにもこだわるんだな」
「当たり前。採取がしづらい植物は意味がないから」
流石にそこは分かっているようで、森の入口付近を重点的に探すらしい。
森に入ってすぐに地面にしゃがみ込み、植物を探し始めたヴェラ。
俺は周囲を警戒しつつ、久しぶりの森になんだか懐かしい気分になる。
小さい頃は本当によく森に連れて行かれ、自然の中で生き抜く力を強制的に叩き込まれた。
魔物や動物の狩り方はもちろん、飲み水や寝床の確保。
こんな易しい森ではなかったし、気配の断ち方や音を立てない歩き方なんかもその時に自然と覚えた。
……というよりは、生きるために覚えざるをえなかった。
そんな懐かしくもあり、思い出したくない記憶を振り返っていると、ヴェラが早速何かを見つけた様子。
手に持っている毒々しい植物を太陽に掲げながら、観察するように眺めていた。
「気になる植物を見つけたのか? 冒険者なだけあって、植物の見分けつけられるんだな」
「うん? 見分けなんてつけられないけど」
「は? じゃあ今何している――というか、何しに来たんだ?」
「毒を持っていそうな植物を根こそぎ採取する。持ち帰ってから、色々と調べる予定」
流石に頭の悪すぎる提案に、思わず頭を抱えてしまう。
こんな調子では、毒煙玉を制作できるのは数年後になるだろうな。
「時間がもったいないから、そんな非効率なことをするな。腕に塗り付けて反応が出るかどうかで毒の有無は分かる」
「へー。ジェイドって本当に色々と詳しい」
ヴェラは関心した様子でそう呟いてから、俺が教えた通り腕に塗り付けて反応を確かめている。
そして反応が出たようで、喜んで先ほどの毒草を革袋の中へとしまった。
最初の毒草収穫から約二時間後。
ヴェラは黙々と毒草を採取しており、俺は暇を持て余して魔力トレーニングを行っていた。
こんな平和な森に護衛で連れてくるなと文句を言いたいところだが、一般の常識から考えると一人で魔物の出る森に向かうのはあり得ないのだろう。
俺も何度も言うが、命あっての物種。
死んでしまっては全てが終わってしまうため、ヴェラが正解といえば正解なんだが……それにしても暇すぎる。
魔力トレーニングにも飽き、大きくあくびをしたところで俺はこっちに迫ってくる一つの気配を感じ取った。
そこそこに大きな気配。
オークよりも強く――もしかしたらオーガよりも反応が強いかもしれない。
「ヴェラ、何かがこっちにきている。もう戻るか?」
「んー、もう少しだけ採取したいから討伐する」
「討伐するって言ってもな……」
「ジェイドは見ているだけでいい。私が全部一人で戦うから」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫」
ヴェラはそう言うと立ち上がり、軽く体を伸ばしてから曲刀を引き抜いた。
曲刀は以前見たことはあるものの、近くでまじまじと見たのは今日が初めて。
“刈る”という明確な意思が込められているようで、非常に俺好みの形状をしている。
「……曲刀を使っているんだな。冒険者時代から使っているのか?」
「うん。貰いものだけど、切れ味も良いし気に入って使ってた」
トレバーのガラクタみたいな剣とは違い、質も高いしキッチリと手入れがされているのが分かる。
多分だが、『シャ・ノワール』で働き始めてからもこまめに手入れを行っていたと思う。
「良い刀だな。心配はあるが、ヴェラの戦闘を見るのは少し楽しみだ」
「楽しめるほど長い時間戦うつもりはない」
そんな会話をしている間にも魔物は近づいてきており、俺達の前に姿を表した。
針のように硬そうな剛毛で、人など一瞬で捻り潰してしまいそうな真っ黒な巨体。
熊を倍ほど大きくさせた獰猛そうな魔物だな。
「うげっ、ディープオッソ」
「有名な魔物なのか?」
「この森じゃ一番厄介な魔物。……刃が通らないかも」
姿を現すなり、そのままの勢いで突進してきたディープオッソなる魔物。
攻撃の威力はもちろんのこと、巨体に似合わず動きも速いが――ヴェラは踊るようにディープオッソの切り裂き攻撃を躱すと、振り下ろしてきた腕に三回連続で斬りつけた。
流れの中で行っているのにも関わらず、全ての攻撃を寸分違わず同じ個所に当てているな。
一撃目で毛を斬り飛ばし、二撃目で皮を裂き、三撃目で肉を抉る。
それでも軽く出血させただけで、大したダメージは負わせることができていない。
ほとんどの能力でヴェラが上回っているのだが、ヴェラの力ではディープオッソの耐久面を打ち破れない様子。
そのことにいち早く気づいていたヴェラは、跳ねるように距離を取った後に俺に逃げるように指示を出してきた。
俺が逃げた後に、隙を見てヴェラも逃げようとしているのだろうが……。
ヴェラの三連撃を受けてから、ディープオッソは隠れている俺に狙いを定めているんだよな。
余程腹を空かせているのか、弱い生物に襲う気満々でいる。
現時点は森の入口に近く、このまま森の外を目指すと俺が逃げることができても人に被害が出る可能性が高い。
……森の奥の方向に逃げ出し、そこで仕留めさせてもらおうか。
そう決めた俺は、ヴェラの逃げろというハンドサインによる指示に頷いてから、森の奥の方へと駆けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます