第230話 裏の顔


 宿屋で時間を潰してから、暗くなったのを見計らって外へと出た。

 帝都やヨークウィッチは夜でも賑わいを見せていたが、エアトックの街はかなり閑散としており、昼間とは別の街に来たような錯覚に陥るほど。


 安宿のある場所ということもあり、栄えているエリアではないということも影響しているだろうが、俺の読み通り夜は別の顔を持っている街なのだろう。

 本命である北側に向かう前に、まずは現在地である西側のエリアを軽く見て行くとしようか。


 エアトックの西側は、ヨークウィッチでいうピンク街のようなエリア。

 風俗や売春は一切盛んではないが、いわゆる貧困層向けの場所で露店市や蚤の市は開かれている。


 掘り出し物が見つかりそうだし、昼間は面白そうなエリアではあるんだが……やはり夜は真っ暗で物音もほとんど聞こえない。

 それに街の中なのに野犬がいるようで、時折暗闇の中で目が光っているのが見受けられる。


 何か情報を得られないかと西側も散策してみたが、人の気配すらないし得られるものは何もないだろう。

 ピンク街のような夜の街って感じでもないし、酒場のような場所もない。


 人がいなさすぎることは引っかかるものの、これ以上歩き回ったところで何も見つからないだろう。

 隠密行動を取りながら数十分歩いたところで西側での情報収集を諦めた俺は、もう本命である北側に向かうことに決めた。


 中央通りや門のある南側も気になりはするが、それは北側を調べてからでも遅くない。

 まずは一番怪しい北側のエリアを調べるのが先決。


 闇に紛れながらエアトックの街を移動し、街の北側にやってきた。

 ここまでの道中で見かけた人物の六割は見回りをしている兵士であり、本当に出歩いている人が少ない。


 ただ、北側のエリアに近づくにつれて人は多くなっており、真っ暗な西側のエリアとは対照的に昼のように明るいのが遠目からでも分かる。

 動員されている兵士の数も尋常ではないが、それ以上に悪そうな連中が闊歩しているな。


 そんな悪そうな連中の大半が獣人なのが気になる。

 帝都でもほとんど見かけなかったし、ヨークウィッチでも数えるほどしか見たことがない獣人。


 獣人を含む亜人は、帝国から遠い位置にあるエルフが治める国に集まっており、見かけることすら珍しいはずなのだが、どういう訳かエアトックの街の北側のエリアに集まっている。

 気になる点が多すぎるし、北側エリアに潜り込んで徹底的に調べたいところだが……。

 五感が鋭いだけでなく、第六感すらも鋭い獣人たちを相手に調べるのは容易ではない。

 

 軽い気持ちで来てしまって特に何の準備も整っていないし、獣人たちを調べるなら潜入するための準備を整えないといけないな。

 遠目から覗き見ただけだが、得られた情報も多いし収穫としては十分。


 獣人だったことから、クロが関わっている『モノトーン』ではない可能性も高いことも分かったしな。

 今日のところは宿屋に戻り、情報集めは明日に持ち越すとしよう。



 翌日。

 昨日は誰にも見つかることなく、無事に安宿に戻ってこれた。


 今日は兵士とコンタクトを取ってみようと考えている。

 獣人たちを警戒していたということが分かった今、兵士たちと仲良くなればかなり情報を手に入れることができる。

 当初の予定通り、なんとかして兵士と仲良くなるとしよう。

 

 ……ただ、どうやって仲良くなるかが思いついていないんだよな。

 何かプレゼントでも差し入れるか、それともヨークウィッチでやっていたように犯罪者を捕まえて突き出すか。


 前者は怪しまれる可能性もあり、後者は昼間は治安が良い街だけに目に見える犯罪者自体が少ない。

 何かないかと頭を悩ませながら、現在俺が持っているものを物色していると、とあるものが目に止まった。


「煙玉……。これは使えるかもしれない」


 ぼそりと独り言を呟きながら俺が手に取ったのは、何かあった時のために自分で使う用に持ってきた『シャ・ノワール』製の煙玉。

 レスリーがかなりの数を持たせてくれたため、鞄の底には煙玉が詰まっている。

 

 行商人を装い、兵士に煙玉を渡すことで、興味を持ってくれれば自然と繋がりを持つことができるはずだ。

 安価が売りではあったが、この煙玉は質に関しても保証できる。


 煙玉を握り絞めながらレスリーに心の中で感謝をしつつ、早速行動に移すとしよう。

 まずは宿からも近い、西側のエリアにある詰所に行ってみようか。


 気合いを入れてから宿を出て、昨日の内に確認していた詰所にやってきた。

 遠目から中の様子を確認してみたが、二人の兵士が談笑していて暇そうにしている。

 これなら邪険にされず、売り込むことができる可能性が高そうだ。

 

「すまないが少しだけ時間を貰うことはできるか?」


 詰所に近づき、俺は二人の兵士にそう声を掛けたのだが、俺の予想とは裏腹とは違ってかなり怪しんだ目を向けられている。

 怪しい人間なら自ら詰所に近づかないだろと言いたいところだが、『シャ・ノワール』で会得した作り笑いを浮かべながら、返事が来るまでただ待つ。


「……なんだ? 道案内とかはやっていないぞ」


 さっきまで楽しそうに談笑していた割りに、俺にはかなり冷たく接してきた。

 もしかしたら一般の人と過度に仲良くしないよう、こういう対応が義務つけられているのかもしれない。


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