第78話 爆売れ


 休日の朝。

 眠い目を擦りながらベッドから体を起こし、そのままシャワーを浴びる。


 このベッドで眠ってからは毎日疲労が完全に回復していたのに、今日は体が異様に重い。

 こんなに体が重くなったことなど、記憶にある限りでは数十年前ぐらい前だと思う。


 なぜこんなことになっているのかというと、煙玉が予想以上の売り上げを見せたため。

 配達もそこそこに、俺とレスリーで必死になって煙玉の作成を夜通し行っていたのだ。


 売れた個数は昨日だけで百二十個。

 とは言ったものの、初日が五十個でそれ以降は十から二十個ほどの売り上げに落ち着いていたのだが、『シャ・ノワール』の煙玉の噂を聞きつけた行商人がいきなり百個もの注文をしてきたのだ。


 何やらこの行商人は、ダンジョンで発見されたお宝をヨークウィッチに売りに来ていたらしく、ヨークウィッチでは何か物を仕入れる気は微塵もなかったようだったが――そこで耳にしたのが値段の安い煙玉。

 煙玉はダンジョンでもまだメジャーなものではないようだが、狭く魔物が跋扈するダンジョンでは重宝されると商人の勘が叫んだようで、リーズナブルな価格で売られている『シャ・ノワール』製の煙玉を大量に購入してくれた。


 この注文で一気に火炎瓶の売り上げを抜き去り、『シャ・ノワール』一番の売れ筋商品となった。

 嬉しいことには間違いないが、そんな嬉しさも霞んでしまうほど制作が大変で、比較的大柄なおっさん二人でちまちまと倉庫で二日間、寝ずに煙玉の制作をしていた――という字面だけでも大変さが伝わるだろうが、本当に久しぶりにしんどいと思えた仕事。


 途中で材料の元となるローク草が切れるというハプニングも起こりつつ、今日の明け方に全ての煙玉を制作し終えた。

 ぶっ倒れているように寝落ちしたレスリーを横目に、俺もついさっき宿屋に戻ってきたという訳だ。


 売れてくれと心から願っていたが、売れすぎても良くないという学びを得られた数日間だったな。

 大きなあくびをかまし、まだまだ寝ていたい気持ちではあるが、今日は昼前からマイケルとの約束がある。

 せっかくの休日を無駄に使わないためにも、俺は眠気を押し殺して準備を行うことにした。



 待ち合わせは何故か冒険者ギルドで、今回はちゃんと受付を通してマイケルを呼び出した。

 挨拶もそこそこにすぐに裏へと通され、いつもの応接室へと案内される。


「いやー、ゴブリンキングと魔人の件。本当に助かった。お陰で被害は最小限どころか、ほぼゼロで済んだよ」

「それは良かった。出た被害というのは魔人に殺された冒険者達か?」

「ええ。死体が綺麗だったことだけが、こちらとしても唯一の救いだったね」


 死体は綺麗という言葉で、魔人が死体に行っていた行為を鮮明に思い出してしまった。

 情報として伝えた方がいいのか、それとも魔人は既に死んでいるし黙っていた方がいいのか……判断が非常に悩ましいところ。


「それじゃ中に入ってくれ」


 マイケルが先を歩いていたのに、扉の前で何故か俺が先に通された。

 少し疑問に思いながらも、応接室の扉を開けると――そこにはあの女ギルド長が仁王立ちしていた。


 気配を一切感じなかったから、このギルド長はあえて気配を消していた。

 ギルド長室にいた時は気配が駄々洩れだったこともあり、完全に油断していたな。


「マイケル。なんでギルド長がいるんだ?」

「俺がマイケルに頼んだんだよ! ゴブリンキングに魔人の討伐。全てマイケルから聞いたぞ!」


 その言葉を聞き、俺は後ろに控えるマイケルを軽く睨む。

 睨まれたことでオドオドとしだし、毎度のことのようにハンカチで額の汗を拭い始めた。


「す、すまんね。君のことを見られていたし、私がゴブリンキングと魔人を討伐したという話は流石にギルド長に通じなかった」

「そういうことだ! それで何でお前は手柄を隠そうとするんだ?」


 ギルド長は俺を綺麗な眼でジッと見つめ、なんというか心の奥底を見られているような気分になる。


「マイケルにも言ったが、目立つのが嫌いだからだ。街を歩くのですら騒がしくなる生活は耐えられない」

「なるほどな! まぁ嘘は言っていないようだが、本心は隠しているだろ? 目立ちたくないと言っている割に、ド派手な活躍をしているじゃねぇか!」

「活躍するのと目立つのは別問題だろ。現に俺は今目立っていない」


 ギルド長とバッチバチに睨み合い、マイケルはどっちを止めようか迷っているようでアタフタとしている。

 

「ふ、二人共、少しは落ち着いてくれ。喧嘩をさせるために引き合わせたのではない」

「あぁん? マイケル、俺に意見するってのか?」

「喧嘩腰にならないって約束はしましたよ。目立ちたくない理由はどうでもよく、ここにいるジェイドは紛れもなく英雄級に相応しい活躍をしてくれたのです」


 鬼の形相のギルド長に詰め寄られたが、キッパリとそう言い切ったマイケル。

 目は泳ぎ、額から流れる汗も凄まじいが。


「――ッチ。分かっている! ただ理由やら動機やら気に食わねぇって話だ! 人間なら誰しも承認欲求ってものを持ってるだろ! こいつにはそれを少しも感じねぇ」

「皆が皆、ギルド長のようだと思わないでくれ。まぁでも、主観だけで語って説教というのは“冒険者”ギルドのギルド長らしいな」

「あぁ!? てめぇ喧嘩売ってんのか!」

「ちょ、ちょっと! せっかく宥めたのに君も挑発しないでくれ」


 それから十分以上俺とギルド長でワーワー言い合い、必死に間に入ったマイケルのお陰でようやく落ち着いた。

 前も短い時間ながら思ってはいたが、ギルド長は確実に相性最悪の相手だな。


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