第240話 何かの取引
気づかれぬよう会話が聞こえる位置まで移動する。
獣人は五感が鋭いらしいから少々怖かったが、北側のエリアに潜入した時も気づかれる様子がなかったし、今回も二人いながら俺の存在に気付いている様子はない。
まぁ森の中は俺の得意とする場所でもあるし、万が一見つかったとしても余裕で撒くことができる。
そこまで慎重にならずに近づき、平穏な森で完全に浮いている三人の会話に聞き耳を立てた。
「――はいらねぇ。まずは金からだ」
「れ、例のブツは持ってきてくれたんだよな? さ、先に見せてほしい」
「勝手に確認してくれ」
獣人の内の一人が背負っていた鞄を乱雑に投げ、地面に落ちたその鞄を膝立ちで確認している人間の男。
ふくよかな体型、そして服装から考えても上流階級の人間で間違いないが、服の汚れなんて気にする様子も見せず、何かに憑りつかれたように鞄を漁る姿は品性の欠片もない。
「……確かに間違いない! これは全て頂くぞ!」
「さっさと金をよこせ。あと声がデカいんだよ」
「す、すまない。金ならこの袋に入っている」
懐から取り出した麻袋を獣人に手渡すと、受け取った獣人はすぐに中身の確認を行った。
麻袋の中身は硬貨であり、硬貨の種類は白金貨。
あの麻袋の中身全てが白金貨だとしたら、相当な金のやり取りが行われていることになる。
獣人はその白金貨の重さ、それから叩いて音の確認を行った後、最後にナイフで表面を削って偽物ではないことが分かったのか、自分の懐にしまいこんだ。
麻袋の中身が全て白金貨かどうかまでは分からなかったが、確認した数枚が全て白金貨だったことからも中身は全て白金貨だったのだろう。
そうなると、獣人が人間の男に渡した鞄の中身は違法薬物の可能性が高い。
「確かに金は受け取った。万が一にも誰かに見られる訳にはいかない。すぐにこの森から出るぞ」
「わ、分かった! また必要となったら、ネズミを使って連絡を取らせてもらうよ」
「ああ。くれぐれも見つからないようにしてくれ」
短くそう会話を終えると、三人の怪しい人間達は森の外を目指して歩いて行ってしまった。
途中からだったし、聞こえた会話の内容も最低限のものだったが、違法な取引を行っていた可能性は極めて高い。
証拠らしい証拠は掴めなかったものの、上流階級であろうふくよかな体型の男の顔はしっかりと脳内に焼き付けた。
獣人の構成員から『バリオアンスロ』の情報を引き出すよりも、あの上流階級の人間から情報を引き出した方が確実で手っ取り早い。
いざとなった時の強引な方法も組織に縛られていない男からなら実行できるし、何よりすぐに情報を吐いてくれそうな雰囲気があった。
街に帰ったら、あの男のことを徹底的に調べるとしようか。
面倒なのはエアトックの街に滞在していない人間だった場合だが、まぁそっちの心配はそこまでしなくていいだろう。
全く予期していなかった貴重な情報を手に入れることができ、俺はホクホク顔でエアトックの街に戻った。
宿に戻ってからは毒煙玉の制作準備だけ行い、日が暮れ始めてきたため『クレイス』に向かうことにした。
『バリオアンスロ』の構成員らしき獣人と取引を行っていた男についても調べたいし、毒煙玉の制作も行いたい。
比較的時間にはルーズな生活を送れるかと思っていたが、やることが一気に増えて来た。
ただ……今の優先順位は、約束をしているし『クレイス』に向かうこと。
もしかしたらアルフィやセルジから情報を得る必要なく、『バリオアンスロ』やクロについての情報が手に入れられるかもしれないが、情報を得る手段なんていくつあってもいい。
それに個人的にアルフィとは仲良くしたいしな。
そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に『クレイス』の前に辿り着いた。
まだ暗くなったばかりだし、二人がいるか分からなかったが……気配を探った限りではもういるようだ。
扉を押し開けると、前回と全く同じ位置に座ったアルフィとセルジの姿があった。
セルジがここにいるということは、アルフィの説得が成功したと考えていいんだろうか。
とにかく話してみないと始まらない。
「もう着いていたのか。かなり早めに来たと思ったんだが」
「僕達は夕方くらいからいますから! それよりも座って飲みましょう! 同じやつでいいですか?」
「ああ。前と同じやつで大丈夫だ」
「分かりました! マスター、ウイスキーのロックをお願いします!」
アルフィはマスターに注文を行い、前回と同じように洗練された動きでウイスキーがグラスに注がれ、俺の前に出された。
軽く乾杯してから、ちびちびとウイスキーを飲んでいく。
酒の良さは未だに分からないが、ここのウイスキーは飲みやすい気がする。
「やっぱり仕事終わりに飲むお酒は格別ですね! 疲労も吹っ飛んだ感じがします!」
「お酒の感想もいいが、説得はどうなったんだ? ここにセルジがいるってことは説得できたって認識でいいのか?」
「ああ。アルフィからの強引な説得を受けて、ジェイドにも手伝ってもらうことに決めた。まぁジェイドが手伝ってくれるってことならだが」
「それは内容を聞いてみないと分からないが、できる限りの協力はするつもりだ」
「やった! 決定ですね! それじゃ僕から詳しい説明をさせて頂きます!」
アルフィとセルジが請け負っている任務とやらについて、早くも聞くことができそうだ。
内容は聞いてみるまで分からないが、できる限り協力して信頼を得たいところ。
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