第228話 プロの手口


 俺が向かった先は、『止まり木』という宿。

 どうやらこの宿にデウィットは宿泊しているという噂だ。


 一見、何の変哲もない宿屋にしか見えない……というよりも、この街には悪人が集まるような場所がそもそも少ない。

 ヨークウィッチの闇市場はおろか、ピンク街のような場所すらないからな。


 それでも夜になれば、悪人たちが集まる酒場があるらしいだが、まだ昼前の現在は宿屋で熟睡しているところだろう。

 まずは部屋を特定するために、少し離れた位置から部屋の中を覗き見ることにした。


 向かいの建物の屋根を駆け上がり、窓から部屋の中を覗く。

 流石に部屋の一部分しか見えないが、部屋の中に置かれているものである程度の判別はできる。


 ぐるりと一周部屋の中を盗み見て、気になった部屋は二階の南東の角部屋。

 部屋に転がっていたのは、酒の空瓶と脱ぎ捨てられた服。


 それから雑に剣が床に転がっており、何よりも目を引いたのは違法な薬物だと思われるもの。

 大きな鞄の口から薬物の袋が見えていることから、あの鞄の中は全て違法な薬物である可能性が高い。


 外から見ただけでこれだけの情報が手に入るという事実に驚いているが、治安が良い街故に周りの目が厳しくなく、警戒心が薄まっているのだろう。

 それにしても無警戒すぎるが、この無警戒さから大した人間ではないことも分かった。


 十中八九デウィットの部屋であろう場所も見つけることができたし、すぐに突入するとしよう。

 特注のマスクで顔を隠し、忍び足で宿屋『止まり木』の中に入った。


 受付に店主らしき人物がいたが、ぽかぽかとした心地いい気温だからか寝落ちしてしまっている。

 そのため目を盗む必要もなく、簡単に宿屋の中に入ることができた。


 明るい時間のため見つからないように周囲には最大限の警戒をし、二階の南東の角部屋の前へと到着。 

 部屋の鍵はかかっているようだが旧式の錠前のため、数秒で開錠に成功。

 音を立てないように扉を開けて、俺は宿屋に入って数十秒でデウィットのいる部屋の中に侵入することができた。


 肝心のデウィットはだが、馬鹿デカいいびきをかいて眠っている。

 俺に部屋の中に入られたことに気づいておらず、実に気持ちよさそうな寝顔だ。


 襲う前に最終確認として部屋の中を物色したことで、外から見えた鞄の中身が違法な薬物であることが確定。

 更に薬物の入った鞄とは別の鞄の中から、名前の欄に“デウィット”と書かれた身分証も出てきたし、このいびきをかいて眠っている汚らしい男がデウィットで間違いない。


 未だに俺の存在に気づいていないデウィットの眠るベッドに近づき、仰向けに眠っているデウィットを勢いよくひっくり返して、うつ伏せに体勢を変えた。

 この衝撃で流石に目を覚ましたようだが、頭を枕に思い切り押さえつけることで一切叫ばせないようにし、首元に短剣を押し当てながら耳元で命令する。


「暴れるな。首元に短剣を当てているのは分かるだろ? 死にたくないなら大人しくしろ」


 小声でそう命令すると、デウィットは暴れるのを止めて大人しくなった。

 最初は何がなんだか理解できていなかったようだが、俺に言われてから首元に短剣を当てられていることにも気づいたようで、汗が一気に噴き出したのが分かる。


「叫んだらすぐに殺すからな」


 そう忠告してから、押さえつけていた頭から手を放し、今度は左腕を捻って関節を極める。

 大人しくさせたし、これで話を聞き出す準備が整った。


「お、お前は誰なんだ? 俺に恨みがある人間か?」

「別に恨みなんかない。ただ話が聞きたいだけだ。俺からする質問は三つだけ。素直に答えれば生かしてやる」


 関節を極めながら、手首の脈拍から嘘か本当かも見破る準備もできている。

 後はササッと質問をして、怪しまれる前に立ち去るだけだ。


「わ、分かった。俺の知っていることは全て話す。だ、だから命だけは――」

「素直に話せば殺さないと言っているだろ。余計なことを口にするな」


 強めに忠告してから、俺は事前に用意してきた質問を行う。


「まず一つ目の質問。『ブラッズカルト』という組織を知っているか?」

「『ブラッズカルト』? き、聞いたことのない組織だ」

「二つ目の質問。帝国で新たに生まれた裏の組織はあるか?」

「あ、新たに生まれたというのは……どれくらいの話なんだ?」

「ここ一年で話を聞くようになった裏の組織の名前を教えろ」

「ここ一年なら『バリオアンスロ』、『フォーシーズロード』。後は――本当にあるのか分からない噂程度の組織だが、『モノトーン』だ」


 組織名を聞き、俺は一瞬で『モノトーン』がクロと繋がっている組織だと分かった。

 クロは昔から白と黒という色に強いこだわりを持っていた。

 根拠となる理由としてはこれだけだが、俺の勘がこの組織が臭うとそう言っている。


「最後の質問。ブレナン・ジトーという人物を知っているか?」

「もちろん名前は聞いたことはある。帝国のお偉いさんの一人で、脅威的な成り上がりを見せた人だよな? ただ、俺はそれぐらいしか知らない」

「分かった。俺からの質問は以上だ」

「な、何の質問だった――」


 そこまで口に出したところで、俺は素早く首に腕を回して一度起き上がらせ、一瞬で頸動脈を締め上げて気絶させた。

 俺が聞いた三つの質問を嘘偽りなく答えたため、約束通りデウィットは生かす。


 首を絞めて落としたのは、解放した後に暴れられても困るためだ。

 あとは……これが抑止欲に繋がるかどうかは分からないが、一応大きな鞄に入った違法薬物だけは持って帰ることにし、俺は行きと同じように隠密行動で『止まり木』を後にした。

 それから宿屋に戻り、まとめていた荷物を取ってすぐにフロンの街を去ったのだった。

 

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