第269話 牢獄
兵舎の近くにある石造りの無骨な建物。
どうやらここが牢獄のようで、中に犯罪者達が収容されているらしい。
「余計な心配だと思うが、一応気をつけてくれ。牢屋の隙間から攻撃してくる馬鹿もいる」
「ああ、気をつけさせてもらう」
そんな軽い忠告を受けてから、牢獄の中に入った。
入口には見張り代わりの兵士が四人おり、セルジに敬礼している中を通って上の階層へと進む。
階が上がるごとにより悪質な犯罪者が収容されているらしく、ヴィクトルは最上階層である三階にいるらしい。
セルジの後をおって階段を上っていったのだが、何だか自棄に騒がしい気がする。
「なんか色々と揉めている声が聞こえないか? いつもこんな感じって訳じゃないよな?」
「囚人が暴れた時とかは騒がしくなるけど、確かに結構な声が聞こえてくるな。ちょっと急ぐか」
いつもと様子が違うことを察し、急いで階段を駆け上がって騒ぎになっている場所に急ぐ。
声が聞こえるのは三階であり、ヴィクトルが収容されている階層。
辿り着く前から嫌な予感がしてくるのだが、もしかしたら看守が操られたとかか?
手口が分かっていない以上あり得ることなので、いつ誰に襲われてもいいように心構えしつつ、牢獄の三階へと辿り着いた。
人だかりになっているところには兵士長がいて、頭二つ分くらい飛び出ているからすぐに見つけることができた。
見てみた限りでは俺が懸念していたではなさそうだが、この階層で問題ってことはヴィクトル絡みなのは間違いないはず。
「兵士長。ジェイドを連れてきたんすけど、この騒ぎは何なんですか?」
「おう、二人共来てくれたか。わざわざ来てもらって悪かった――のと、もう一つ謝らなくてはいけないことができちまった」
前回の時と違い、言葉にも覇気がなく元気がない。
その様子が気になって周囲を観察すると、看守が集まっている奥で倒れている人がいるのが見えた。
うつ伏せで倒れているため顔は見えないのだが、倒れているのは間違いなくヴィクトル。
それも……死んでいるのか?
「倒れているのはヴィクトルだよな? それも死んでいるのか?」
「死んでいる!? ヴィクトルを殺したんすか?」
「謝らなくてはいけないことはそのことだ。決して殺した訳じゃなく、ついさっき自死した」
自死……。
『ブラッズカルト』の連中は躊躇いもなく自死する者ばかりだったが、あれは組織に対する異様なほどの忠誠心があったから起こったこと。
俺が接した限りではヴィクトルにそんな忠誠心があるように思えなかったし、仮に自死するのだとしたらタイミングは俺に負けた時だ。
色々な人を見てきたが、自ら死んだとはちょっと考えられない。
「本当に自死なのか? ヴィクトルが自死したとは正直考えれない。誰かに殺されたとかの方がありえる」
「いや、自死したのは間違いねぇ。俺がヴィクトルが死んだところをこの目で見てるんだわ」
「俺もありえないと思っちまいます。周りを売ってでも生き残る――昨日はそんな態度を取ってましたから?」
「誰かに殺されたとかはねぇっての。死体を見れば分かるが、自分の手で心臓を貫いている」
見てきていいと許可を貰ったため、俺はセルジと共にヴィクトルの死体に近づいた。
周りの看守たちが一歩引いて様子を窺っている中、俺はヴィクトルの死体に近づいてひっくり返す。
……確かにヴィクトルの腕は心臓部分に突き刺さっており、そのことが原因で死んでいるな。
ただ、気になる部分がいくつもある。
魔力を帯びていないこと、奴隷紋が刻印されていないこと、そして腕に力が入っぱなしであること。
魔力を帯びていないことから、魔法によって操られていたことではないということが分かる。
そして奴隷紋が刻印されていないことからも、契約によって死んだ訳ではないのは確実。
そうなってくると、本当に自死した可能性が出てくるのだが、腕の筋肉の入り方が普通ではない。
まるで誰かに操られ、自分の意思とは関係なしに腕が心臓を貫いた。
このヴィクトルの死体を見て、俺はそんな感じの印象を受けた。
長年暗殺者をやっていただけに、人間の死体は数えきれないほど見てきたからな。
ここまで異質な死体は見たことがなく、それ故に非常にきな臭い。
死体を見て分かったのは、詳しい原因が分からないということだけだが、自死ではない可能性の方が高いと分かったのは大きいと思う。
「こりゃ本当に自殺してるじゃねぇかよ」
「兵士長の言葉に嘘はなかったみたいだな」
「これで重要な手がかりが消えちまった。失敗は許されないくらいの情報をジェイドから貰ってたのにな。本当にすまない」
「何度も言うが謝らなくていい。さっきも言ったが、俺自身は成否については気にしてないからな」
謝ってきたセルジにそう伝え、とりあえず兵士長からもう少し話を聞こう。
こうなってしまったら、地下通路から突入した時のことがかなり重要になってくるからな。
俺自身も何故失敗したのかは気になるし、教えてくれるかは分からないが尋ねてみることにした。
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