番外編『ジェイドの道具屋繁盛記』 その3
「ここが噂の道具屋……か?」
物珍しい魔道具を売っているということで、王国内で大評判となった道具屋『シャ・ノワール』。
その新店がオープンすると前々から噂になっており、私もその噂を聞きつけてはるばる皇国からやってきた。
同業者としては一体どんな商品を扱う店なのか気になるし、物珍しい商品が売られていた上で、もし仕入れることができれば仕入れたいとも考えている。
行きの道中で少しトラブルがあり、オープン当日には来ることが出来なかったが、混んでいるだろうから日が空いたのはラッキーくらいに思っていたのだが……。
「客の出入りが一切ないな。もう閉店しているのか?」
そう呟いてしまうほどに、店の周りに人気がない。
そもそもピンク通りのど真ん中にあるし、ここが人気店の新店とはとても思えないのだが、看板には確実に『シャ・ノワール』と書かれているし、扉には『open』と書かれた小さな看板もぶら下がっている。
わざわざ皇国からこんな廃れている店に来たのかと思うと、早くも悲しい気持ちになってきた。
せめて移動費くらいは元を取らないといけないため、早くも他に巡る店を頭の中で考えながらーー私は『シャ・ノワール』新店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ! ようこそ、『シャ・ノワール』へ!」
中には一人の客もおらず、更に落胆したのだが、声を掛けてくれた店員さんは非常に美人な方で少しテンションが上がる。
男というものは本当に単純なのだと、我ながら思ってしまうな。
「あの……噂を聞いてやってきたのですが、お店は営業しておりますか?」
「はい! 営業はしているのですが……既に大半の商品は売れてしまっていて、残っているのがそこの棚のものだけなんです」
指差した棚には、普通の薬草が二束と満月草が一本。
それから見たことのない真っ白な花が一本置かれているだけで、陳列されている商品があまりにも少なすぎることに驚く。
やはり人気店というのは間違いなく、お昼過ぎという時間が遅すぎただけで、ほとんどの商品は開店と同時に売れてしまったということだろう。
少し時間をズラそうという考えが甘すぎたことを、今更ながら悔やんでしまう。
……いや、明日まで滞在予定のため、明日の開店と同じ時間に来ればいいだけ。
私は気持ちを切り替え、明日また来訪することを決めた。
「そうなのですか。ということでしたら、また明日の営業開始時間に合わせて来させてもらいます。それで……明日の営業開始時間は何時なのですか?」
「す、すみません! 次の営業日は五日後なんです! このお店は週に二日のみしか営業しないんですよ」
その言葉を受け、思わず口を開けて放心してしまう。
週二日営業の道具屋なんて聞いたことがない。
強気というか、もはや無謀の域に達している……が、それでもほぼ売りきれているということは、成功しているということ。
何だか買わされている気分になってしまうが、来週まで営業しないのであれば、残っている商品を買うしかないか。
「そうなのですね……。なら、こちらの商品を買わせて頂きます。薬草二束と満月草一本、それからこの白いお花で合計いくらでしょうか?」
「値札に書いてはあるのですが、合計ですと白金貨五枚と銀貨三枚となります」
「し、白金貨五枚っ!?」
驚きのあまり思わず大声を上げてしまった。
これだけで白金貨五枚はあまりにも高すぎる。
ぼったくりを疑ってしまうが、店員さんが申し訳なさそうなところを見る限り、それはなさそうなんだよな。
ということは、それだけの値段に見合う代物ってことか?
私は棚の側に駆け寄り、薬草の束から確認を行っていく。
何やら美人の店員さんが話しかけてくれているが、意識が商品に向いた私の耳には届かず、全神経を鑑定することに注いだ。
…………うーん、どれも質が良すぎるな。
一つの束に十本の薬草がまとめられているのだが、どれも薬草の中では最上級のもの。
ただの薬草といえども、これだけ質の高い薬草のみを集めるとなったら相当大変だろう。
もう一つの束を同じで、綺麗な薄緑色の若葉のみがまとめられている。
同業だからこそ分かるが、この薬草のみを扱っているのは本当に凄い。
私はその隣の満月草にも手を伸ばし、目を凝らして鑑定する。
…………凄いな。満月草も超高品質だ。
一般的に流出しているのは、満月草と言われながらも三日月形のもの。
質が良いものは半月形に近いものとさえ言われている中、この満月草は文字通り満月のように丸い形。
ここまでの満月草を見たことがなかったため、形の丸い草を満月草と称して売っているのかとも思ったが、この植物は紛れもない満月草。
ただ……それでも白金貨五枚は納得できない値段。
となると、この見たこともない白い花が凄まじい代物の可能性が高い。
高価そうなガラスのケースごと手に取り、じっくりと真っ白な花を確認する。
形としては、ラナンキュラスに非常に似ているな。
所々の造りが違うことから別種ということは分かるが、どの角度から観察しても何の花なのか分からない。
これ以上はいくら見たところで分からないため、私は店員さんに何の花なのかを尋ねることにした。
「店員さん、このガラスケースに入った花は一体何の花なのですか?」
私がそう尋ねた瞬間、店の奥から一人のおじさんが出てきた。
おそらくこの人も店員だと思うのだが、やけに雰囲気のある人物で……思わず私は息を呑む。
「その花は『朔月花』。聞いたことないかもしれないが、かなり珍しい花なんだ」
そんな店員さんが放った一言に、私は体が飛び跳ねるほど驚いた。
朔月花と言えば、どんな病すらも治すと言われている花。
最近目撃情報があったとはいえ、本当に流通しているとは思わなかった。
……いや、ちょっと待て。
私は朔月花を実際に見たことがないし、この花が本当に朔月花なのか分からない。
この花が本当に朔月花なら白金貨五枚も納得の価格だし、絶対に購入するべきものなのだが、流石に初見の店で購入するのは止めておいた方がいいだろう。
「…………朔月花は知っていますが、よく入手できましたね。本物なら買いたかったところですが、流石に幻とも言われているほど珍しい花が急に入荷できるとは少し考えにくいです」
「お客さんは朔月花を知っているのか。やはり相当珍しい花なんだな」
「ええ。市場に出るときは確実に話題になるくらいには希少な花です。今回は噂すらも立っていなかったので、失礼ですが……もしかしたら掴まされている可能性があると思います。ちなみにですが、この花はどちらから仕入れたものなのですか?」
「どちらから仕入れた? いや、この店で売っている物は全て俺が取ってきたものだ。そこの薬草もその満月草も……それから朔月花もな」
その言葉を受け、私は面白い冗談ですねと返そうとしたのだが、店員さんの顔が本気の表情だったため、その言葉が口から出なかった。
…………本当にこの人が採取したものなのか?
いや、確かに薬草も満月草も最高品質のものだけだった。
そして、既に売れた商品も同等の品質だとしたら、朔月花を入手できたとしても決しておかしくはない。
「あ、あなは……有名な冒険者さんだったーーとかですか?」
「いいや、冒険者だったことはないな。ただ、腕にはそこそこ自信はある。それで、その手に持っているのものは買うのか?」
その後、小さく「売れなくても構わないんだが」と付け足した店員さん。
ほんの数秒前までは、怪しすぎるし絶対に購入しないと決めていたのだが、私の直感が絶対に買えと叫んでいる。
「……………………か、買わせて頂きます。白金貨五枚と銀貨三枚ですよね?」
「えっ、本当に買うのか?」
「ええ、本当に買わせて頂きます」
「その花一本で白金貨五枚だぞ?」
「構いません。お会計してもらってもよろしいですか?」
本物じゃないから売れないーーではなく、手放したくないから売りたくないように私の目には映った。
もしこれが本物の朔月花なら、今回の遠征は大大大成功。
私はワクワクを抑えきれないまま、早急に会計を済ませて『シャ・ノワール』を後にしたのだった。
そして、皇国に戻ってからこの朔月花が本物だと判明しーー。
それからしばらくした後に、最高品質の薬草二束と最高品質の満月草が、合計で銀貨三枚という破格の値段だったことに遅れて驚愕することになるのだが……それはもう少し後のお話。
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本作のコミック第一巻の発売日しております!
本当に面白い出来となっておりますので、どうか一巻だけでも手に取ってください<(_ _)>ペコ
何卒よろしくお願い致します<(_ _)>ペコ
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