第67話 やらかし
簡単に情報を知り得ないとはいえ、探られるのは非常に厄介。
一つ、釘を刺しておこうか。
「俺のことについては話すことは何もない。それから余計な詮索をするなら――」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ! 脅さずとも、分かっているから大丈夫だ。冒険者内で収まることで軽く調べただけだよ。……ふぅー、君と話すと汗が噴き出るから困るね」
ポケットから取り出したハンカチで、一気に噴き出た汗を必死に拭っている。
この危機察知能力の高さだけでも、マイケルの実力が高いことを示している。
「別に脅すつもりはなかったんだがな。とりあえず俺については詮索しないでくれ」
「分かった。これ以上は詮索しないと誓おう。……それでこれからなのだが、君はどうするのかね? 私は個人で動きつつ、正確な位置を掴み次第動こうと考えている」
「『都影』の動き次第でどう対処するか考えるつもりだ。俺を血眼になって探しているようだから、目立った動きを取るつもりはない」
「なるほど。もし仮に君のことを突き止めたら……」
「俺がこの街から去るか、『都影』がこの世から去ってもらうかのどちらかだな」
俺が淡々とそう告げると、マイケルは俺にまで聞こえるぐらいの唾を飲み込んでから、無言で流れ出る汗を拭った。
「も、もし居場所を突き止めたら、『都影』の殲滅に君にも参加してもらいたいのだがどうだろうか?」
「それは無理だな。大々的に力を見せたくない。マイケルと俺の二人で突撃するなら参加させてもらう。考えておいてくれ」
「二人で向かう……。それは随分と難しい選択を迫ってきたね」
「俺からすれば簡単な話なんだがな。それと、もう一つ聞きたいことがあるんだが大丈夫か?」
『都影』についてはこれ以上の情報はないと判断したため、俺は話を変えてもう一つの聞きたいことを尋ねることにした。
「他に聞きたいことかね? 答えられる情報なら教えるが、はたして知っているかは分からないよ?」
「恐らく知っているはずだ。西の森の異変について教えてほしい。先日西の森に行ったのだが、そこでディープオッソなる魔物と出会った」
俺がそう言った瞬間、マイケルは大きく手を叩いてから飛び上がった。
その奇怪な行動に思わず首を傾げてしまう。
「――ッ!? 西の森のディープオッソ! それも君がやったのかね!?」
「それも? どういう意味だ?」
「“も”というのは、『都影』の支部長に続いてディープオッソもって意味で……じゃなく、今かなりの騒ぎになっているのだよ!」
「ディープオッソが森の入口に現れたからか?」
「それもそうだが、ディープオッソの死に方だ。特に目立った外傷はなく、心臓を強く叩かれたことでの心臓の破裂。ディープオッソをあんな倒し方できるのは、魔人の類ではないかと調査を行っていた」
……どうやらまたやらかしてしまったようだ。
ヴェラに悟られたくなく、死体の処理をせずに森から出てしまっていた。
考えが甘かったと言われればそうなのだが、放置しておけば魔物やら動物やら虫やらに食われるだろうと考えていた。
ただ思い返せば、あそこは森の入口からまだ近い場所。
死体が食べられる前に、他の冒険者に見つかってしまったということだろう。
ヴェラにバレないのが最優先故に、完全にやらかしてしまった。
「すまない。ディープオッソを倒したのも俺だ」
「やはりそうだったのかね! ふぅー……。無駄に警戒しすぎてしまったが、とりあえず一安心したよ」
「すまないな。ディープオッソの死体の処理を行うべきだった」
「いや、君が悪い訳ではない。西の森に異変が起きていて調査を行っていたから、死体を調べただけで運が悪かったというのもあるからね。とりあえず本当に安心したよ」
胸を撫でおろしたマイケルを見て、申し訳ない気持ちがこみあげてくる。
今思えば、ギルド職員達があれだけ忙しそうにしていたのも俺のせいかもしれないな。
「ディープオッソは俺だが、西の森の異変というのは一体何なんだ? ゴブリンの何かだとは聞いたが」
「ゴブリンキングが現れたという報告があるのだよ」
「ゴブリンキング? ゴブリンの王様ってことは、大量のゴブリンを従えているのか?」
「そうだね。まだ率いたばかりのようだが、着々とゴブリンの数を増やしている。ディープオッソでさえ、住処を追われて森の入口までやってきたようだよ」
「そういった理由だったのか。そっちの討伐隊は編成できているのか?」
「いいや、まだだよ。調査に手間取っていて、動くに動けなかった。はぁ……。『都影』にゴブリンキング。本当に勘弁してほしいところだね」
深いため息を吐いて、あからさまに落ち込んだ様子を見せたマイケル。
話を聞く限りでは、今は『都影』よりもゴブリンキングの方が脅威が大きそうだな。
ヨークウィッチから一番近い森が西の森。
つまりゴブリンキングが森の食料を食い尽くしたら、ヨークウィッチにゴブリンの軍勢が雪崩れ込んでくる可能性があるということ。
俺のせいでもあるし、何かしてあげたい気持ちはあるが魔物は専門外。
「色々と大変そうだが頑張ってくれ。頼み事があれば協力させてもらう」
「おー、それはありがたいね。何かあった時は頼らせてもらうよ」
「ああ、色々と情報助かった。……くれぐれも俺の情報は漏らさないようにしてくれ。それじゃ」
そう言い残してから応接室を出て、冒険者ギルドを後にした。
『都影』についてはあまり良い情報は得られなかったが、黒服二人が死んだというのは俺にとって好都合と言える。
そう考えるとフードの女は舌に刻印が施されていなかったし、あの女を捕まえていれば情報を引き出せたかもしれない。
ただ、あの女は『ジュウ』の名を知っていたため、俺としては殺さざるを得なかった。
ディープオッソの件もだが、なんというか色々と上手くいかないものだな。
ちぐはぐ感にモヤモヤしつつ、俺は気を取り直して宿屋探しを行うことに決めた。
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