第141話 野生の勘


 辺りが暗くなったのを見計らってから、俺は暗闇に紛れて闇市へ向かう。

 闇市は暗くなってから賑わうようで、以前明るい内に来た時の何倍もの人が闇市を行き来していた。


 もしかしたら『都影』がアジトを建てたことで活発化しているのかもしれないが、とにかくここから誰にも見られないように気配を消して動く。

 建物という建物が存在しなく、残っている建物は『都影』のアジト以外は老朽化しているものばかり。


 いつも行っていたような屋根から屋根の移動はできないため、人混みに紛れながらアジト付近へと向かっていく。

 建物と建物の間もドラッグの中毒者や、酔っ払いが倒れており身を隠すことはできず、この街では闇市が一番隠れるのに不向きな場所。


 浮浪者だけでなく冒険者らしき人間もいるお陰で、綺麗な恰好をしていてもギリ浮いてはいない。

 一度宿屋に戻って汚い恰好に着替えてもいいのだが、適当に作った汚い恰好は逆に浮いてしまう。


 髪や体の汚さと服の汚さが釣り合っていないと余計に目立ってしまうため、浮浪者に変装する場合は作り込まないとすぐにバレてしまうのだ。

 アジト付近は警備も多いだろうし、見つかるリスクを避けて偵察を止めるのも選択肢の一つだと思うが、これまで行ってきた暗殺の仕事での経験上、情報というのは何よりも大事。


 見つかったらマイケルに謝罪して日程をズラしてもらうことも頭に入れつつ、俺は情報集めを強行することに決めた。

 カモフラージュとして闇市で適当に安い食料を購入しつつ、闇市のど真ん中に建っている『都影』のアジトの付近にまで近づく。


 闇市に入れば酷く目立つ建物だが、ほとんどの人間は闇市に近づくことすらないため存在自体は気づかれない。

 目立ちながらも目立たないという、最高の場所にアジトを建てたと少しだけ関心する。


 そんなアジトをまずは遠くから観察し、見張りの数を把握。

 配置している数はそこまで多くないが、統率が取れているのかサボらずにしっかりと見張っているな。


 こういう組織は大抵サボっている奴がいるんだが……これは正直予想外だった。

 ただ見張りの数が少なく、建物の裏はかなり手薄。


 一度建物の裏に回り込んで、そこから屋根上へと登ろう。

 アジトはしっかりとした造りなため、天井まで登ることができる。


 建物内に侵入して直接調べたい気持ちもあるが、大きなリスクを冒すことはできない。

 これからの行動をしっかりと決めてから、俺は自然な流れでアジトの裏へと回り込む。


 遠くから確認した通り、アジトの裏手には見張りが二人しかおらず手薄となっている。

 人通りが少なく暇なせいもあってか、見張りも若干気が抜けているのが分かった。


 見つかることなく屋根上に登れると判断した俺は、近くにあったこぶし大の石を拾い、少し遠くの石壁に向かって思い切り投げつけた。

 石が石壁にぶつかった音が響き、見張り二人の注意が音の鳴った石壁に向いたことを確認してから、音を立てずに一気に壁を登って屋根上へと駆けあがる。


 屋根に張り付きながら、下にいる見張りが気づいていないことを確認し、ようやくここで一息ついた。

 ここまで辿り着くことができたら、余程のことがない限り見つかることはない。


 例のヴァンダムなる男が姿を現すまで屋根に張り付き、まずはその姿と気配や特徴を把握する。

 そして明日、その気配や特徴を頼りに再び闇市へ捜索し、尾行しながら情報を集めていくといった流れを取るつもり。


 少々慎重すぎる気もするが、相手は俺の名前を知っていた人物のいる組織。

 俺と同じ暗殺者上がりの人間がいるのが普通と考えるのが正しい訳で、慎重に行動せざる負えない。


 屋根に張り付きながら色々なことを思考しつつ、ヴァンダムが来るのを待っていると……。

 張り付き始めてから約三時間が経過した頃、アジトに戻ってくる凄まじい圧を放っている人間を目視した。


 気配は意図的に抑えられているが、歩き方や風貌からすぐに強者だということが分かった。

 体躯も二メートルを優に超えているのが分かり、歩き方は自分を誇示するかのような乱雑なもの。


 身のこなしは二流以下だが、単純なパワーだけで見たらエイルに匹敵するかそれ以上。

 気配を抑えていなければ、街に入ってきた瞬間に感知できたぐらいの力を持っている。


 マイケルがあれだけ危険と言ってきた理由も分かったし、襲撃する前にこの目で見ておいて正解だった。

 気配を断っている状態の気配も把握できたし、何よりもあの歩き方なら探そうと思えばすぐに探すことができる。


 今日の目的は達したため、アジトに向かって来ているヴァンダムが建物の中に入るのを見届けてから宿屋に帰ろう――そう思った瞬間。

 下を歩いていたヴァンダムが上を見上げ、俺のいる位置付近に視線を向けてきた。


 上体を伏せ、下からは絶対に見えない位置にいるはずだが……気づかれたか?

 軽く心臓を高鳴らせながらも再び下の様子を確認してみるが、先ほどと変わらない様子で笑っているため気づかれている様子はない。


 野生の勘か何かが働き、なんとなく違和感があった方を見たって感じだろうか。

 頭が悪く鈍そうな印象を持っていたが、勘は非常に鋭いのが今の視線の動きで分かった。


 ヴァンダムの勘が鋭いことを今気づけたのは非常に幸運だった。

 今のことを踏まえて明日はくれぐれも気をつけながら、慎重に情報を集めを行うとしようか。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る