第140話 ウィルヴァとの関係




「今から帰かい?」


 考えてみりゃ、ウィルヴァこの野郎はいつもそうだ。


 間の悪い時にばかり、姿を見せやがる。


 しかも、やたら爽やかな笑顔でな――


「ああ……これからパーティ達と合流して、屋敷に戻るんだ」


「へ~え。よかったら、みんなと合流するまで僕と一緒に帰らないかい?」


「ウィルヴァと?」


「そうさ、今度の林間実習の話もしたいしね」


「…………」


「クロウ君?」


「ああ、そうだな。たまにはいいかもな……」


 エドアール教頭達から言われたこともあり、正直気が引けるが拒んでも逆に不信に思われるかもな。

 


 こうして校内を野郎二人で歩くなんともシュールな絵面となった。


 すれ違う生徒達が、俺達の姿をみて「おお~っ!」と声を上げている。


 他所からみれば、一国を象徴する次期『勇者パラディン』の推薦権を競い合う二人。

 こうして二人名が挙げられたのは、スキル・カレッジ始まって以来らしい。


 だけどもう、俺に決まってしまったわけで……。


 逆にウィルヴァは義理父のランバーグのせいで、夢だった『勇者パラディン』候補から外されてしまっている。

 もし、こいつが『黒』なら自業自得。

 信じているように、仮に『白』だったら……ガチで、ウィルヴァは救われねぇ。


 俺は知っている……未来でこいつがどれだけ、勇者として活躍していたのかを。


 ミルロード王国、いや世界のために戦ってきたのかを。


 その眩い光景を、俺はずっと指を咥えて眺めていたんだ。


 いつか追い着きたいと願いながら――。


 あの未来では絶望的な差を見せられたけど、こうして過去に戻り、それまでの記憶と目覚めたスキルを駆使して、ようやく同じ舞台ステージに並べたと思ったのに……。


 ついに正々堂々と挑めると舞い上がっていたのに……。



 ――チクショウ!



「クロウ君、あの後、エドアール教頭先生に何か言われたのかい?」


「ん? どういう意味で聞いている?」


「いやぁ、なんかイラついているようだからね」


 相変わらず見事な洞察力。

 やっぱ、凄ぇな……こいつ。


 ランバーグが裏で何をしようと、ウィルヴァが優秀なのには変わりない。


「……まぁ、また『竜撃科』に異動しろって話さ。じゃないと、お前と差を付けられてしまうらしい」


「そうか、クロウ君は余程Eクラスが好きなんだね」


「落ち着くんだ……あのしみったれた雰囲気がな。自分の戒めにもなる……リーゼ先生も尊敬できる人だしな。知っているか、あの先生、前は勇者パーティの雑用係ポイントマンをしていたんだ」


「ああ、ユエルから聞いたよ。特殊スキル能力も戦闘向きじゃないけど、相当精度の高い支援系だってね」


 ユエル……。

 ウィルヴァからその名が出ると心臓がバクッと大きく跳ね上がる。

 兄貴ほどじゃないが、彼女もエドアール教頭達に疑いを掛けられているからだ。


「なるほどね……そういや、ネイミアでは義親父おやじさん、いやランバーグ公爵に世話になったな。よろしくって伝えておいてくれ」


「わかったよ。義父とうさんも、ユエルの件でクロウ君のことが気に入ったみたいだからね。喜ぶと思うよ」


 そうかい。

 あんまり嬉しくねーや。


 あの親父さえ真っ当なら、俺はウィルヴァと胸を張って挑めたってのによぉ。


「……クロウ君、やっぱり今日は様子が可笑しいね。大丈夫かい?」


「ああ、すっかり気が滅入っちまってな……ウィルヴァ、この際、はっきり言わせてもらっていいか?」


「え? なんだい?」


「ずっと前から俺は、お前に勝ちたいと思っていた。一人の男として……俺はお前にとっての目標であり、本気で超えたいと思っている尊敬するべき相手なんだ」


「あ、ありがとう……でもなんか、キミに告白を受けたみたいで、ドキドキするね」


「はぁ!?」


 頬を染めるウィルヴァに突拍子のないことを言われ、俺は周囲を確認する。


 他の生徒の女子達が、顔を真っ赤にして見入っていたり、男子達が白い眼差しでドン引きしていた。


 なんだ、テメェら!

 勝手に人の話を盗み聞きしてんじゃねぇ!

 あっち行け、コラァ!


 俺は手を大きく振り、シッ、シッ、っと周りの生徒達を追い払う。


「やい、ウィルヴァ! 変なこと言うんじゃねぇ! じゃなくても俺はパーティの女子達から『あっち系』の疑惑が持たれていたんだ! 言っとくけど、ぜってぇ違うからな! ノーマルだからな、俺は!」


 ムキになって否定してしまう。

 いくら女子達のアプローチを受けてもトラウマが邪魔をして、大したリアクションが取れないだけなのに……。


 つーか、その元凶を作っている一人に、お前も含まれているからな!


 そのウィルヴァは嬉しそうに微笑んでいる。


「冗談だよ。僕もクロウ君のこと、尊敬するべき好敵手ライバルとして見ているよ。同時に一番の友達だとも思っている」


「友達? 俺とウィルヴァが?」


「ああ、ソーマの件で一緒に組んだ時も内心じゃ凄く楽しかった……キミと対等に並べてね。あんな気持ちは生まれて初めてさ」


「そ、そうか……照れ臭いな。でも、実は俺も楽しかったりする」


「本当? じゃあ、僕達はやっぱり友達だね」


「そうだな……そうだったんだよな」


 未来でもウィルヴァは、何故か俺に固執していた。

 高圧的なアリシアとは違い、妙に馴れ馴れしい態度だった。


 あの頃は、女子達にコキ使われる雑用係ポイントマンであり奴隷みたいな扱いだったから、きっとウィルヴァは俺を引き立て役として勇者パーティに入れたんだろうって思っていた。


 しかし、こいつはそんなことするような奴じゃない。

 現に、俺を庇って守ってくれる時もあったからな。

 ウィルヴァから嫌がらせを受けたことなんて、一度もなかったし……。


 暇さえあれば、俺に話し掛け身の上話や『竜』について語っていた。


 その経験が、雑用係ポイントとしての経験にも繋がっている。


 実はあの未来から、ウィルヴァは俺を友達として思っていてくれたのかもしれない。


 やさぐれていた俺は、それに気づかずただ怨み節だけを抱いたまま逃げ出したのか。


 だとしたら余計にやるせない――。


 互いに本気を出さないで、大人達の都合で勝手に決着が着くなんてよぉ!


 せめて、林間実習だけは本気で挑みたい。

 

 ――実力でウィルヴァに勝ちたいんだ。


 最高の好敵手ライバルとして……そして友として!


「なぁ、ウィルヴァ。お前は『勇者パラディン』を目指す、ウィルヴァ・ウエストでいいんだよな?」


「なんだい、突然? 言っている意味がわからないね、クロウ君?」


「いやぁ、すまん……なんでもないんだ」


「次の林間実習、お互いに頑張ろう。死力を尽くす気持ちでね」


「死力か……まさかお前と、その域で競い合える日がくるとはな……心から嬉しいぜ」


「また可笑しなことを言う……僕にとってキミは常に予想の上を行く、イレギュラーのような存在だよ」


 ハハハ、そうかもな。


 正直、自分でもここまで頑張れるとは予想外だ。

 真っ先に一人でスローライフを目指そうとしていたからな。


 ――けど変われた。


 メルフィとも兄妹として大切に想い合える関係に戻れた。

 あれだけ毛嫌いしていた、アルシアや他の女子達とも信頼し仲間として認め合うことも出来たんだ。


 そして、今の俺がいる。


 まぁ、未来を知らない、ウィルヴァにとってはそう思われても仕方ないかもな。


「望むところだ、ウィルヴァ・ウェスト! 今回はお互い条件が整っている……もう、お情け不要だぜ!」


「勿論だよ、クロック・ロウ――」


 俺とウィルヴァは力強く握手を交わした。


 たとえ偽りでもいい……現実逃避でもいい。


 今回の林間実習が終わるまで、エドアール教頭とカストロフ伯爵の言葉は忘れよう。


 ――俺はウィルヴァと全力で向き合い勝負がしたい。


 そう思い始めていた。






~アリシアside



「もう夕暮れか……」


 私は一人、屋上に来ていた。


 セイラには「用事ができたから、クロウ様と合流して先に屋敷に戻ってくれ」と伝えておいた。

 カレッジ内で早々危険な目に遭う事もないだろうしな。


 だが、ソーマ・プロキィの件もある。

 念のため、一応は腰に剣を装備しているが……。


 私は、ある人物に呼び出されていた。


 前の林間実習以降は顔を合わす程度で、込み入った話はしたことがない。


 まぁ、信頼できる人物だし、話くらいならと乗ったのはいいが……。



「――やぁ、アリシアさん。待たせて、ごめんね」


「いや、大丈夫だ、ウィルヴァ殿」


 そう、ウィルヴァ・ウエストだ。






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