第167話 お預けと残された疑念




 俺が大切なことを言おうとした時だ。



 ――ドン、ドン!



 ここぞの場面で、誰かが扉を叩いてくる。


「アリシアさん! クロック兄さんはいますか!?」


 メルフィだ。


「アリシア! 今度は夜這いだけじゃなく、クロウを連れ込むなんてどういうつもりだい!?」


「抜け駆けは駄目ーーーッ!!!」


 セイラとディネまでいやがる。

 この子達、やたら勘が鋭くね?


「……クロウ様」


 アリシアが不安そうに見つめている。


 すっかりムードがブチ壊されてしまった。

 おかげで高まった感情が萎えてしまい、このまま突き進んでもなんだかなっと思えた。


「ごめん、アリシア……続きはまた今度な」


「はい。信じてお待ちしております」


 アリシアは切なそうに俺から離れ、流れる涙を指先で拭っている。

 その仕草が、堪らなく切なくて愛しく感じてしまう。


 まさか俺がアリシアと……不思議なものだと思った。


 未来であれだけ毛嫌いしていた女騎士と……あの頃じゃ絶対に想像できないだろうな。


 アリシアが初恋の子だとわかったから?


 ――いいや、違う。


 ふと、ユエルの言葉を思い出した。


 いつからかわからないけど、俺は既にアリシアだと決めていたんだ。

 

 入学当初、アリシアと決闘し勝利して、彼女から熱烈な忠誠を誓わられてから……。

 

 一緒にいるうちに、アリシアの良さというか、真っすぐな一途さに惹かれたんだと思う。

 

 それに嬉しかった。


 アリシアも約束を覚えてくれて、そしてずっと大切にしていてくれたこと――


 けど、だとしたら。


 

 尚更……未来の彼女がわからない。


 これまでの事柄から、アリシアは俺との約束を信じた上で近づいてきたのだと理解した。


 わざと因縁を付けて喧嘩を吹っ掛けてきたのも、俺の腕試しって感じだろうか?

 こいつらしいが、もっと他にやり方はあるとは思うけどな……。


 多分、未来のアリシアもそうだっしたら、ボロ負けした俺に幻滅をしたってのか?

 

 だけど、その後も俺を下僕扱いしながら延々と付きまとっていたよな?

 何だかんだ、いつも傍にいて、本当にやばい時は助けてもくれた。

 大抵、「無能者」だと罵られながらな。


 んで、ユエルと仲よく話していたら、決まって邪魔してきやがるんだ。


 あっ、駄目……トラウマ・スィッチ入るわ、この流れ。


 ――違う違う!


 とにかく今のアリシアと、未来のアリシアは似ているようで、まるで違うんだ。

 

 少なくても、未来のあいつに俺がこんな気持ちを抱けるような女子じゃない。

 それだけは断固として言える。


 俺は自分にそう言い聞かせながら、無理矢理にトラウマ・スイッチの衝動を抑制した。


 一方のアリシアはというと――。


「うるさいぞ、貴様らぁ! クロウ様と今後について大事な話をしているだけだぁぁ!! 妙な勘繰りはやめろ、このド阿呆がぁぁぁ!!!」


 扉へ向かい開けた瞬間、豹変して仲間達に対して暴言を吐いている。


「「「はあぁぁぁぁん!!!?」」」


 途端、女子同士で争いが勃発しかけたのは言うまでもない。


「お、おい! 喧嘩はやめろよ!」


 俺は慌てて止めに入る。

 ガチバトルになったら、シャレにならないメンバーばかりじゃないか。


 つーか、みんな疲れている癖に案外タフなんだな。


 ――前言撤回。


 やっぱ、アリシアは未来とあんま変わんねーか。


 だけど、もしも何らかのきっかけで、あの未来に戻ることがあったのなら……。


 その時は、未来のアリシアに直接確認してみるのも悪くないかもしれない。


 微塵も戻りたくない筈なのに、何故かそう思えた。






 次の日。

 

 疲労を残しつつ、俺達はスキル・カレッジに登校した。


 ウィルヴァのことは他の生徒達には伝えず、長期の休学扱いとされている。

 

 巷でも公爵であり国の懐刀であるランバーグが自害したことや、親子共々『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と内通していたことについて一切公表されていない。

 下手に騒がれて捜査に支障が生じてしまうからだ。


 さらに貴族達への抑止力目的もある。

 『反国王派』自体は、ランバーグ達『隠密部隊』がカモフラージュ目的で仕組んだ架空派閥だが、血迷った貴族達が本当に徒党を組んで結成しかねない。


 衛兵隊を指揮する騎士団等のカストロフ伯爵としては、これ以上の面倒ごとは最小にしたいのが本音だ。


 したがって最優先するべきことは、逃走したウィルヴァ・ウエストの捕縛と『竜守護教団ドレイクウェルフェア』壊滅。


 この二つに限るだろう。


 あとは、ゾディガー王がランバーグの悪事をどこまで周知していたのか。


 本当にランバーグとウィルヴァの組織暴走だったのか?

 まさか国王絡みで関与していたのか?


 いまいち動機や目的が不明なだけに、何やら複雑な思惑が隠されているような気がしてならない。


 ブラックドラゴン黒竜が言っていた『竜守護教団ドレイクウェルフェア』が何かを目的とする『創生紀ジェネシス計画』ってワードも引っかかる。


 一応、俺が得た情報は全てカストロフ伯爵に伝えてある。


 しかし流石のカストロフ伯爵とて、確たる証拠なしに国王への言及はできないだろう。

 その為に必死で情報を集めているようだ。

 ユエルに協力を仰いだのも、それらの意図もあったのかもしれない。




 朝のミーティングが終わり、俺達は早々にエドアール教頭に呼び出された。



 すっかり定番となった教頭室にて。


 エドアール教頭は中央の書斎机に両肘を立てて寄り掛かりながら椅子に座っていた。


「――クロック君とパーティ諸君、この度は林間実習ご苦労様。予想以上に大変だったと聞いている……ウィルヴァ君の件は非常に残念だったよ」


「はい。教頭先生にはご配慮頂き感謝しております」


 俺は社交辞令の挨拶を交わす。


 教頭から予め包み隠さず話してくれたおかげで、苦悩しながらもある程度の心構えを持って戦いに望めた。


 それがなければ、あの時はもっとパニックを起こし、下手をすれば取り返しのつかないヘマをしていても可笑しくない心理状態だったかもしれない。

 きっとパーティの女子達だって同じだったと思う。


 ちなみにエドアール教頭の背後には、学年主任のスコット先生と『対竜撃科』のイザヨイ先生とニノス先生とシャロ先生、そしてEクラスのリーゼ先生が整列して立っている。


 何故かアリシアが微笑みながら、リーゼ先生に向けて親指を立てながら合図を送っている。

 リーゼ先生は瞳を丸くし「え? 嘘!?」って不思議そうな表情を浮かべているのが気になった。


 この二人……教頭先生の前で、一体なんのやり取りしてんだ?


 俺はツッコむべきか考えていたところ、エドアール教頭が話を続けてくる。


「――唯一幸いだったのは、ユエル・ウエスト君が無関係だったってことだね。クロック君も含め、パーティ諸君も真っ白で有能だと証明できたよ。うん、良かった」


 確かにと、そこは俺も同調する。


「はい。ですが、ユエルはしばらくカストロフ伯爵と行動を共にしております。伯爵の話だと、今後、逃走したウィルヴァと謎の妹レイルが、ユエルと接触を図ろうとするんじゃないかって話もあって……俺的にはそっちの方が心配なんですけど」


「うむ。報告は聞いている……。彼らは実は三つ子であり、一人は我々では姿を見ることができない謎の妹とか? しかも本当の父親も一切不明とか……信じられんが、きっと彼らが生まれた『ポプルスの村』にヒントが隠されているのだろうね」


「そうだと思います。まだ学生である俺達は知らせを待つことしかできませんが……」


「クロック君、それは仕方ないと思うよ。それともう一つ、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の教皇、『ドレイク・クエレブレ』だっけ? そいつが『竜人リュウビト』っという、亜人種族かもしれないってこともね……150年、生きている私も初めて聞く種族だ。シャロ先生は聞いたことがありますか?」


 エドアール教頭先生は、小柄な幼女のようなホビット族のシャロ先生に話を振った。


 シャロ先生も嘗ては王家の末裔だったらしい。

 またあらいる魔法に精通していることから、相当な博学な先生としても知られている。


「……あたちも、よくわかりましぇんが、エンシェントドラゴン古竜と並ぶ最上位の存在がいたってことは、何かの本で読んだことがありましゅ。竜でありながら人族でもあると……」


 見た目通りの幼女口調で、シャロ先生は答える。


「なるほど……断定するのはまだ早いけど、それが『竜人リュウビト』の可能性があるね」


 エドアール教頭の推察に、その場にいる全員が頷く。


 竜の中で最上位とされるエンシェントドラゴン古竜と同等の存在なら、下位であるエルダードラゴン成竜に指示を送る筈だ。


 しかし、竜でありながら人族でもあるか……


 竜人リュウビトとは、どんな存在なんだ?

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