第168話 次期勇者の誕生




「――まぁ。皆、色々と思う所はあるが、我々の立場としては騎士団長のカストロフ伯爵に任せるしかないね。そろそろ本題に入るとしようか、クロック君」


 エドアール教頭は革製の椅子に背をもたらせながら言ってきた。


「本題ですか?」


「そうだ。キミが次期勇者パラディンとしての推薦が決まったよ、クロック・ロウ」


「はぁ、そうですか……ありがとうございます」


「あまり嬉しそうじゃないね? 目指していたんじゃないのかね?」


「そんなことは……ただ、ウィルヴァが自ら落選したから、俺になったって感じで……釈然としないというか……死力と尽くして掴み取りたかったっていうか……すみません、上手く説明できなくて」


「構わんよ、キミの気持ちは痛い程わかるつもりだ。だからこそ、林間実習前に、リスク承知でキミにだけタネ明かしをしたんだ。本当の真実を知って幻滅するより、前もって知った方がショックも軽く済むんじゃないかって、私なりに考えた末にね」


「……はい。おかげ様で、今こうして教頭先生達と顔を会わせることができています」


 俺の返答に、エドアール教頭は微笑む。

 いつもの狡猾的なニヤ笑いじゃなく、とこか温かみのある表情に思えた。


「うむ、やはり私の目に狂いはなかったかもしれない。クロック君に次期勇者パラディンを推薦することは、既にゾディガー王に伝えてある。決定して称号を与える役割は彼だからね」


「ゾディガー陛下ですか……それで?」


「凄く喜んでいたよ。初めて、私が褒められたくらいさ……余程キミは彼に気に入られているようだね」


「そ、そうですか……ははは」


 何せ、ソフィレナ王女のお墨付きでもあるからな、俺は。

 わざわざ男爵バロンの爵位と領土を貰ったくらいだし……。


 だけど疑問がある。


「教頭先生、話を戻してしまいますが、陛下はランバーグの件は知っているのですか?」


「耳には入っているよ。ゾディガー王も思い当たる節があるようでね。全権をカストロフ伯爵に委ねると言っていた。つまりカストロフ伯爵は王の後ろ盾を得たことで、彼が指揮する衛兵隊は、ミルロード国内において何の気兼ねもなく自由に捜査ができることになる。たとえ王族だろうとお構いなしだろうね」


 特権が与えられたってことか……。

 それで、ユエルに同行を求めた経緯もあるのか。


「教えて頂きありがとうございます。それと話を反らして申し訳ございません」


「構わないよ。国王にも認められ、キミは確実に次期勇者パラディンだ。これからきっと、周囲からの目も変わるだろう。とりあえず、おめでとうと言わせてもらうよ、クロック・ロウ」


 エドアール教頭は椅子から立ち上がり、俺に向けて拍手をしてきた。


 後ろに立つ、先生達も一緒に拍手をしてくれる。


「クロウ様、おめでとうございます! このアリシア、感無量です!」


「クロック兄さん……私も嬉しいです! 本当に自慢の兄です!」


「やったね、クロウ~! ボクだって凄く嬉しいよ~!」


「アンタと同じパーティで、アタイも誇り高いよ! クロウ、おめでとう!」


 アリシア、メルフィ、ディネ、セイラもソファーから立ち上がり拍手してくれる。


 その大絶賛ぶりに、俺はなんだか恥ずかしくなる。

頭を抱えて立ち上がり、ペコペコとお辞儀をして見せた。


「クロウく~ん! ついにやったね~!! イェ~~~イ、パフパフ~、最高ゥ!!!」


 リーゼ先生が大きなオッパイを揺らしながら、飛び跳ねて一番喜んでくれる。

 最早、何を言わんとしているかわかる。

 何故なら俺が勇者パラディンになったら、先生との結婚条件が達成されるからだ。


「リーゼ先生! 教え子の快挙に喜ぶのはわかりますが、教頭先生の前ですよ!」


「あ、はい……すみません、スコット先生」


 あまりにも大はしゃぎぶりに、がっつり怒られてしまった。

 他の先生達からも冷めた眼差しを向けられてしまう。


彼女は、しゅんと大人しくなる。

 つーか、リーゼ先生の必死さには、いつも感服しますわ。


 まぁ、可愛らしい先生だし、雑用係ポイントマンとしても尊敬できる大先輩だ。


 俺も腹に決めて真剣に考えなければいけない。

 一応、精神年齢はタメだからな(21歳)。


 そう考えていると、エドアール教頭は「もう、いいでしょ」片腕を上げ、周囲からの拍手を制止させた。


「それでね、クロック君。キミのこれからのことなんだが」


「俺のこれから……クラス異動のことですか?」


 俺が勇者パラディンに決まったら、EクラスからA~Cの『対竜撃科』に移るって話だな。

 その為に、他の先生達もこうして集まっているんだ。


「男に二言はないというか……教頭先生との約束は守るつもりです」


 ここまで決まったら、俺も意地を張って断る理由もないだろう。


 エドアール教頭も癖は強いが、立場上仕方ないことだし、なんだかんだ生徒思いなところもある。


 俺が勇者パラディンとなり、この国の何かを変えていけばいいのかもしれない。

 まだ漠然とだけど、カーラ達を見てそう思ったんだ。


 あんないい子達が『竜守護教団ドレイクウェルフェア』に入らなくてもいい世の中を創る。

 その為には確固たる『力』が必要だろう。


「覚えてくれて嬉しいよ、クロック君。だが、そう焦る必要もない。キミ達が卒業するまで残り二年もあるからね。どの道、キミ達も今はそれどころじゃないだろ?」


「は、はぁ……教頭先生がそう仰るのであれば、俺は別に……」


 あまりにも意外な返答に、俺の方が戸惑ってしまう。

 学院の体制を重んじるエドアール教頭にしては珍しく配慮してくれたものだ。


 ウィルヴァの件もあって価値観が変わったのか?


「それと、クロック君。今度の週末に何か予定があるかい?」


「……いえ、特には」


「――だったら、今後のためにも一度、『勇者パラディンに会ってみるかい?』


勇者パラディン? 現役の?」


「そうだ。今もミルロード王国で活躍している勇者パラディンだよ。キミの先輩に当たるね。丁度、週末にクエストを終えて凱旋するんだけど、どうだい?」


 本物の勇者パラディンか……。


 あれ? どんな奴だっけ?


 未来でも一度も会ったことはないけど、噂くらいなら小耳に挟んだような……駄目だ、思い出せない。


 まぁ、いい。


 会ってみる価値はあるだろう。


「はい、是非に」


「では、ゾディガー王にはそのように伝えよう。凱旋した彼らは、そのままミルロード王城に行く予定だからね。時間等は後日知らせるよ」


「はい、お願いします」


 こうして何気に週末の予定が決まった。

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