第166話 クロウとアリシア




 ユエルがカストロフ伯爵と共に屋敷から出て行った。


 やはり彼女も自分の出生や兄や妹が何者なのか気になるようだ。


 言わば、ユエルは家族という鳥籠に閉じ込められていたのかもしれない。

 だから自分でも「可笑しい」と疑問に思っても問うことも出来なかったようだ。


 ある意味、長年ユエルを縛っていたランバーグとウィルヴァがいなくなったことで、前を向いて『真実を知る』ために動き出したのかもしれない。


 俺とパーティの存在がその原動力なれたのなら幸いだ。



 あれから――


 ユエルが不在となった後、俺達は緊張の糸が解けたかのように、どっと疲れが押し寄せてきた。


「今日はもういいだろう。みんな夕飯を食べて休もうぜ」


 俺はリビングでぐったり座り込んでいる女子に対し呼び掛ける。

 全員が「そうだね……」っと、疲労感を見せて答えた。


「クロウ様、お約束の件なのですが……」


 アリシアが近づき耳打ちしてくる。


「ああ、話があるとかね。後で部屋に行くよ」


「はい、お待ちしております」


 それから夕食後、俺はアリシアの部屋へと向かう。



 扉をノックすると、彼女は招き入れてくれた。


 やはり俺の部屋と造りは同じだ。

 ユエルの部屋と違い、年頃の女子っぽくないのが逆にアルシアらしい。


「それで、俺に話って?」


「はい……ウィルヴァ殿が『教団』側に下った件で……今、思えば私にも原因はあったのではないかと……」


「え? どういうことだ? どうしてアリシアが原因になるんだよ?」


「……はい、実は――」


 アリシアは『林間実習』前に、突然ウィルヴァに呼び出され彼女に告白してきたことを話してくれた。


「ガチかよ……ウィルヴァが、アリシアを……」


「はい、私は即答で断ってしまいました。私にとって、ウィル殿は同じクラスメイトでありユエルの兄上程度しか思ってなかったので……後は、優秀だが食えないところもあるくらいでしょうか」


 アリシアの口振りだと、ウィルヴァを異性として一切興味がなかったと聞こえる。

 俺が現在を変えてしまったからかもしれないが、あの未来で忠誠を誓った嘗ての勇者パラディンに向けての言葉じゃない。


「確かに断られ、ショックだと思うけどな……けど、それで闇堕ちするか、普通?」


 ずっと付き合っていた彼女が寝取られたってのならあり得るかもしれないが……あくまで片想いだろ?


「ええ……仰る通り私が断った後も、ウィル殿は何か吹っ切れたような素振りを見せておりました。あっ、そうだ……『やはり前周・ ・のようにはいかないらしい』とも仰っていました」


「なんだって?」


 前周だと?


 どういう意味だ?


 何故、ウィルヴァがそんなことを口走る?

 過去の世界に遡及した俺が言うならともかく……。


 おい、まさか――!


 ウィルヴァもなのか?


 あいつも俺と同じ未来から?


 いや、だったら余計に可笑しいじゃないか。

 何故、未来の華々しい記憶があって、なぜ自ら闇堕ちをする?

 わざわざ知的種族の敵とも言える『竜守護教団ドレイクウェルフェア』と手を組む必要がある?


 俺が奴と同じ立場なら、より高みを目指そうとする……。


 ましてや自分をあえて陥れる真似などする筈は……待てよ?


 ――ウィルヴァの目的は他にあった。


 己の人生を棒に振ってまでも成し遂げたい何かがあった。


 周囲を欺き、本当の父と姿が見えないレイルって妹と結託してまで――。


 一体、何が目的なんだ?


 わからない。

 すっかりウィルヴァがわからなくなった。


 いや……元々俺は奴のことなんてわかってなかったのかもしれない。


 どちらにせよ。


「アリシア、気にしなくていいんじゃないか? どんな理由にせよ、ウィルヴァは越えてはいけない一線を越えたのには変わりない。そういう奴だったと割り切るしかないと、俺は思っている」


「……そうですね。クロウ様の仰る通りです」


「ああ、だけど悪いことばかりじゃなかった……ユエルが関わりなくて本当に良かったよ。唯一、それだけが朗報ってやつだったよな?」


「ユエル……ですか」


 アリシアは、どこか腑に落ちない表情を浮かべてくる。


「どうした?」


「いえ……クロウ様、前からお聞きしたかったのですが、やはりユエルのような清楚な女子が好みですか?」


「え?」


 そりゃ。ぶっちゃけ超好みだけど。

 さっきも告白しかけて、指先で艶めかしく止められたし。

 あれはあれで超ドキっとしてしまった。


 しかしあの時……ユエルの口振りからして、彼女も俺のことを以前から……。


 そう思うと胸が高鳴る。

 だって、ずっと憧れていた子と両想いだぞ。

 こんな幸せなことはない。


 だけど――


 ユエルにも言われたんだ。


 俺の本当の気持ち。

 まず、最初に確かめなきゃいけない相手がいる。

 そして言わなきゃいけない大切な言葉……。


 お、俺は……。


 アリシアに近づき、彼女を向き合う。


「ア、アリシア……お前に聞きたいことがあるんだ」


「はい?」


「俺が孤児院にいた頃、別地区の孤児院との合同遠足で何度か俺と会ってないか?」


「え?」


「そ、そのぅ……似ているんだ。アリシアが……その黄金色の髪と綺麗な碧い瞳が……俺の初恋だった女の子に……さ」


 俺はあえて、カストロフ伯爵から『フェアテール家の内情』について聞かされたことを言わなかった。

 王家に関することでもあり、アリシアにとっての禁句タブーだと思えたからだ。

 ましてや、ソフィレナ王女と入れ替わった本当のゾディガー王の娘とは言える筈もなく。


 一方のアリシアは急にしおらしくなり、頬をピンク色に染めて身体をもじもじとくねらせている。


「ク、クロウ様は……その子に恋していたというのは本当ですか?」


「ああ……山で迷子になった時、色々あってね。結婚の約束もしたというか……」


「お、覚えてらっしゃったのですね?」


「も、勿論……って、アリシアやっぱり? あの子はお前だったのか?」


 俺の問いに、アリシアは無言で頷いている。

 そして、碧い瞳から大粒の涙が流れ落ちた。


「どうした? 何故泣いているんだ?」


「い、いえ……嬉し涙です。だって……ずっと忘れられていると思っていましたから」


「アリシア……」


 俺は気持ちが溢れ、アリシアを抱きしめる。


 それは初めての抱擁であった。


 柔らかくて温かい、黄金色の髪から心地よく爽やかな香りがする。

 アリシアって意外と華奢なんだと思った。

 

「ク、クロウ様?」


 アリシアは戸惑いながら身体を硬直させている。

 しかし、嫌がる素振りはなく、寧ろさりげなく両腕を俺の背中に回してくれた。


 俺は気持ちに任せ、ありのままを打ち明けることにする。


「――忘れるかよ! 最初にアリシアに言われた時、確かに意味がわからなかった……まだガキだったからな。だけど追々となって、とても重要なことだと気づいたんだ。そう思ったら……そのぅ、段々と意識しちまって」


「クロウ様……嬉しいです。まさか貴方様がずっと覚えて頂いていたなんて……では、私がフェアテールに引き取られた養女だということも?」


 アリシアに問われ、俺は素直に頷く。


「ま、まぁな……前々から、もしやと思って確かめたかったんだ」


 やばい……。

 今の俺だと、気持ちが舞い上がりすぎて余計なことまで話してしまいそうだ。


「ああ、嬉しいです……とても。私は幸せ者です……クロウ様」


 アリシアは俺の胸に顔を埋めさせながら、その背中に回した両腕に力を込めた。


 あの頃から、俺のことをずっと思ってくれていたのか?

 ずっと信じて探してくれたのか?


 なんて健気な子なんだろう……。


 ――アリシアのことが愛しい。

 

 今の俺は迷わずそう言い切れる。

 未来のトラウマなんて関係ない。



 俺はアリシア・フェアテールが好きなんだ。



「アリシア……今度は俺から言わせてもらっていいか?」


「はい?」


 アリシアは顔を上げ、涙ぐむ瞳で俺を真っすぐ見つめてくる。


「これからお前に、とても大切なことを言いたいんだ」


「……はい、クロウ様」


 俺は力を緩め、アリシアと顔を向き合わせる。


 アリシアは、碧い瞳を潤ませ頬を染めている。


 これだけ顔を近づけたのも初めてだし、こんな超至近距離で見つめ合うことなど想像すらしたことはない。


 絶対にあり得ないと思っていた。


 けど今は違う。


 こうして抱擁している、俺とアリシアの心は繋がっている。


 自信をもって確信できる。


 そう思えば思うほど、アリシアがより愛しくて――。



 やばい……綺麗だ。



 俺は、ごくりっと生唾を呑み込んだ。


「ア、アリシア、俺が勇者パラディンとなった暁には……俺と――」

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