第165話 ユエルの告白~本当の気持ち




 ユエルの証言を聞き。


 その余りにも奇妙で不可思議な内容に、誰もが言葉を失う。


 一見して爽やかな優等生だった、ウィルヴァ・ウエスト。

 ユエルにとっては変わらぬ優しい兄ではあるも、何か形容しがたい異様な闇が広がっていたことが判明する。


 最初っから人族ではなかったのか?


 ならば、あの五年先の未来で勇者パラディンしていた奴はなんだったんだ?

 疑念は募るばかだ。


 そして双子だと思っていた兄妹は、実は三つ子であり「レイル」という、決して目で見ることが出来ない妹が存在するらしい。

 なんでも本当の父に最も姿が似ているため、この世界では顕現できないとか?


 普段は背後霊のように常にウィルヴァかユエルの後についており、今もその辺に潜んでいるのかもしれないというのだ。 


 ――さらに本当の父親。


 最も謎めいた存在であり、ユエルの口振りだとウィルヴァと何らかのやり取りをしている可能性もある。


 五年後の記憶を持つ俺でさえ、あまりにも衝撃な内容だった。

 パーティの女子達なんて、呆然として開いた口が塞がらない状態である。


 尋問していた、カストロフ伯爵さえ眉間に皺を寄せて考え込んでいた。



「……あまりにも非現実的な話が多く、なんと答えていいのかわからないのが本音だ」


「無理もありません。わたしとて、このような事態でなければ決して誰にも言わなかったことでしょう」


 確実に頭が可笑しいと思われてしまうからな。

 どことなく俺のトラウマに似ている。


「ユエル……以前の古代遺跡探索前で話してくれた『あの方・ ・ ・』って誰のことを示していたんだ?」


「ええ、クロウさん……本当の父です。レイルの話だと、まだどこかで生きているような口振りでしたし、ウィルお兄様に対しては特別だとよく話していたので……たとえどのような形でも親の愛を得られるお兄様が羨ましいです」


 そうか、そういう意味の話だったのか。

 ユエルは誰にも愛されず、今まで生きて来たんだ。


 だから、本当の父親の何かを感じるウィルヴァやレイルが羨ましかったのだろう。

 しかし、決して道を外すことなく、こうして真っすぐ生きているユエルは強いと思う。


 それが知る事ができただけでも俺は嬉しい。


 ユエルを信じて良かった。


「カストロフ様、わたしのことお疑いであれば、このまま拘束されても構いません。愛と正義を象徴する女神フレイアからの試練として受け止めましょう」


「いや、ユエル君の話は信憑性がある……わたしは信じよう」


「ありがとうございます」


「だが同時に、キミが貴重な存在であるのも理解した。拘束まではいかないが、しばらく私と行動を共にしてはくれないだろうか?」


「え、ええ……わたしは構いませんが、その意図は?」


「ウィルヴァ君……いや、ウィルヴァ・ウエストは近い内に必ずキミと接触を図ると思う。そのレイルという妹も同様だ。ユエル君、案外キミは彼らにとっての『切り札』であり『保険』なのかもしれない」


「切り札と保険? わたしが……」


「そうだ。ランバーグは利用された可能性がある。その『実の父』によって……その者がウィルヴァに命じて竜聖女シェイマを逃がし、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』との接触を図らせたのだろう」


「そ、そんな……本当の父が? 何の目的で?」


「わからない……そこだけが唯一抜けている。何か思い当たる節はないのかね? 些細なことでも構わないのだが?」


「……わかりません。きっと、レイルならわかるでしょう。ですが、わたしからあの子にコンタクトを取るのは不可能です」


「だからこそ、私の傍にいてほしい。キミを重要参考人として護衛を兼ねて守ろう」


「……父上、まさかユエルを『塔』の中で匿うつもりでは?」


 アリシアが恐る恐る聞いてきた。


「場合によってはそうなるだろう。私の《ディメンション・タワー異次元の塔》は如何なる者も侵入は不可能。仮に私が死ねば、『塔』ごと全てが消滅する。奴らも迂闊に手を出せない筈だ」


 事実上の人質じゃねーか?

 意外とエグイこと考えてんじゃね? アリシアの親父さん。


「わたしは構いません」


 ユエルはあっさり了承する。

 可憐で清楚な見た目と違い肝が据わっているのが、この子の良い所だ。


「ありがとう感謝する。その前に、私と一緒に『ある村』に行ってほしい」


「ある村ですか?」


「そうだ。キミ達が生まれた『ポプルスの村』だ。母親ラーニアのことを調べるためにね」


「わかりました。是非にご同行させて頂きます」


 こうして、ユエルの身柄は保護されることになる。


 しばらくパーティから離れてしまうが、この場合仕方ないと割り切るしかない。

 俺としては、とにかくユエルが清廉潔白でガチで良かったと安堵するだけだ。


「――カストロフ様、ご同行する前に出掛ける準備をしても宜しいでしょうか?」


「ああ、ユエル君、当然のことだ。ここで待っているから、ゆっくりと準備するといい」


「感謝いたします……クロウさんも準備に付き添ってもらっていいですか?」


「え? 俺も……いいのか?」


 チラッと女子達を一瞥する。

 出掛ける準備なら、俺なんかよりも女子の誰かの方がいいんじゃないかと思ったからだ。


 ユエルは柔らかく微笑み首を縦に振るう。


「はい……パーティのリーダーとして、クロウさんとお話も兼ねてです」


「ああわかったよ」




 俺はユエルに同行し、彼女の部屋へと招かれた。


 同じ造りの部屋なのに妙にドキドキする


 きっと、ユエルと二人っきりになったからだ。


 考えてみりゃ、こんなシチュエーションは未来でもなかった気がする。


 未来では密かに憧れ、片想いの女の子。


 ユエルだけは変わらず俺に優しくしてくれたから……。

 遡及した現在も変わらない。


 真実を知った上でも、ユエルは清く正しく美しかった。


 まさに聖女。


 心からそう思う。


 同時に、俺の見る目に狂いはなかったと自画自賛する。



 ユエルはしゃがみ込み、壁に掛けてある女神フレイアが描かれた掛け軸に向けて祈りを捧げていた。


「――親愛なる女神フレイアよ。今から禁を破ることをお許しください」


 禁を破る?

 何を言っているんだ彼女は?


 俺が首を傾げていると、ユエルは立ち上がり向き合ってきた。


 慈愛が込められた微笑みを浮かべて。


 すると、



 ぎゆっ。



 身体を包む、柔らかくてふわっとした感触。


 なんと、ユエルは俺に抱き着いきたのだ。

 華奢な両腕が、背中へと回されていく。


 初めての密着、ユエルの温もり……俺の心臓はバクバクと最高潮に波を打つ。


「ユ、ユエルゥ!?」


「……クロウさん。わたしを信じてくれてありがとう。感謝しているわ」


 聖職者ではなく、素の女の子として感謝してくれた。


 禁を破るとは、こういうことだったのね!?


「と、当然だろ? 俺達は仲間だし、今までずっと一緒だったんだ。何一つ、怪しい所なんてない。ユエルはずっとユエルのままだったじゃないか?」


「……それでもです。頑なに信じてくれたことに変わりありません……わたし嬉しかったわ。今まで、誰もわたしのこと認めてくれなかったから……ウィルお兄様でさえ優しくしてくれるも、わたしと距離を置いていたのよ。でもクロウさんは違った……常に傍にいてくれて、仲間として認めてくれた。それが、どんなに救われたことか……」


「……ユエル」


「セイラではないけど、ウィルお兄様があんな事をしてしまって、本当なら今頃は泣き崩れて、とても素直に全てを話す気にはなれなかったわ……クロウさんが傍にいてくれなければ……たとえ罪人扱いを受けよう拷問を受けようと、決して誰にも話さなかったでしょう」


「ユエル!」


 思わず俺も彼女を抱きしめる。


 今まで抑えてきた気持ちが溢れてしまったかのように……。


 俺がユエルの存在で救われていたように、彼女も俺がいることで救われたと言ってくれる。


 こんな嬉しいことはなかった。



 そして、あの頃の……未来で抱いていた淡い気持ちが再熱する。


 ――俺はユエルが好きだ。


 今なら偽りなく言い切れる。


「ユ、ユエル! 俺は前からキミのことが――」


 俺が大切な言葉を言わんとした瞬間。


 ぴとっと、ユエルは自分も人差し指を俺の唇へと押し当てた。


 まるで言葉を制するかのように――。


「ん? んん~?」


 なんで、どうして?

 唇を塞がれた俺は、今こそ絶好のタイミングじゃんっと思った。


「――クロウさん。先に言うべき相手は、わたしじゃないわ」


 ユエルは頬を桃色に染め、優しく諭すように言ってきた。。

 その神秘的な異色の瞳オッドアイを上目遣いで潤ませながら。


「ど、どういうこと?」


「既にクロウさんも気づいている筈です……最初は誰にするのかを――」


「え?」


 ユエルに問われ、真っ先に彼女の姿が浮かぶ。

 俺にとって、その子は初恋かもしれない……大切な少女。

 いつも傍にいてくれる忠誠心の厚い凛とした美しい女騎士。


「だから、わたしは後で……最後の方でも構いませんから」


「最後の方って……ユエル……」


 俺には彼女が何を言わんとしているのかなんとなく……いや、ほぼわかってきた。

 けど、それを認め後先を考えてしまうと……なんとも恥ずかしい。


 つまり、俺に勇者パラディンになって、好意を持ってくれるみんなを受け入れろって言っているんだ。


 ――ユエルも含めて。


 こんな清楚な子から、そんなこと言われたら……マジやばい。


「わ、わかったよ……それまで、お預けって形で――」


「はい、待っています。クロック・ロウ」


 屈託のない綺麗で素敵な笑顔。


 ユエルってば……。


 案外、無自覚な小悪魔なのだろうか?

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