第171話 抹消された勇者
古竜こと、エンシェントドラゴン。
あらゆる竜を支配する最高位のボス格であり、知的種族を根絶やしにしようとする最の怨敵だ。
個体数は不明だが、長きに渡る知的種族達の抵抗により数十体もいないとされている。
そのエンシェントドラゴンが、ミルロード王国の周辺に出現したと噂されていた。
俺はその話をしている生徒達に近づき、「詳しく聞かせてくれないか?」と訊いた。
なんでも生徒は砦を管理する侯爵の息子らしく、父親から聞いた話らしい。
それは三日前のことだ。
エンシェントドラゴンはエルダードラゴンと支配するモンスターを率いり、各国に対し攻撃を仕掛けていた。
既に隣国であるネイミア王国も侵攻を受けているが、徹底抗戦と強力な結界もあって侵略までには至っていないとか。
また蝗害の如く点々と各国を奇襲するため、次はミルロード王国に侵攻するのではないかと思われている。
「ゾディガー陛下は早急に現役の
「まるで戦争する勢いだな……相手が相手だから仕方ないけど。わかった、教えてくれてありがとう」
俺は礼を告げると、アリシア達の所に戻りその話を説明する。
「……なんと、あのエンシェントドラゴンが? 騎士団長として父上も呼ばれるのでしょうか?」
「カストロフ伯爵か……立場上そうなるがどうかな? ユエルの件で任務中だし、まずゾディガー陛下は勇者を呼び出しているって話だ。まぁ、カストロフ伯爵は機動力が半端ないからすぐさま駆けつけて来るだろうけど」
カストロフ伯爵の特殊スキル《
案外、ユエルに会えるかもしれない。
「クロウは現役の勇者について何か知っているのかい?」
「え?」
セイラに問われ、俺は首を傾げる。
「いや、それがまるで思い出せないんだよ……会ったことはないけどね」
あれから何度か思い出そうとするも、糞未来でも然程話題となった記憶がない。
先代の
だから余計、リーゼ先生が元勇者パーティの一員だったとは気づかなかったんだ。
「そりゃ滅多に会える人物じゃないけどね。アタイが聞いた話だと女だって噂だね」
「女か?」
「そうそう、ずっと遠征に行ってて滅多にミルロード王国に戻って来ないんだよねぇ。どういうわけか」
ディネの言葉に、俺は眉を顰める。
「
「そうですね、兄さん……私もシャロ先生に聞いてみたことがありますけど、『先生、よくしゅらな~いでちゅ』と有耶無耶にされました」
あの
てか俺達より長生きしている癖に知らないでちゅって……。
ディネのように森を追われた田舎村出身ならまだしも。
「アリシアは聞いてないのか? そのぅお父さんから」
「ええ、父上も
なんだよ、そりゃ?
国を代表とする重鎮達が口を閉ざす
丁度、その時だ。
廊下を歩くリーゼ先生を見かける。
何故かたわわの両胸を上下に揺らしながら上機嫌にスキップしていた。
「結婚式はどんなウェディングドレスがいいかな~? 彼ぇ年下だしぃ、それを感じさせない若々しくてちょっぴり大胆なアレで行こうかなぁぁぁん! そして彼は興奮のあまり、その場でもう! キャッ、先生ったらなんて大胆なのぅぅぅぅ!!!」
あ、あかん……完全に舞い上がっている。
独り言が駄々洩れだ。
しかも年下の彼って俺のことだよね?
超声かけづれ~っ。
「せ、先生! リーゼ先生!」
「ん? ダーリン! じゃなかった、クロウ君。どうしたの?」
今、俺のことダーリンと叫んだぞ。
学園内で他の生徒もいる前で……もう駄目だ、この先生。
けど聞かずにはいられない。
「リーゼ先生に聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「なぁに、なんでも先生に聞いてみそ」
みそって何よ?
まぁいいや。
「今の
「――知らない」
「え?」
「先生、今の
「いや知らないわけないでしょ? だって先生、元勇者パーティの一員で円満退職したって……」
「てか言いたくない。いえ正確には学園内では言っちゃいけないっていわれているの」
「言っちゃいけないって、誰に?」
「エドアール教頭よ。あとね、先生は嫌な記憶は永遠に抹消したいタイプだから、今の
ん? 教頭から口止めされているだと?
いや、それにしても嫌がり方が半端ない。
そういや実家のサーミヤ村でカミングアウトした時も、今の
実は円満じゃなかったのか?
「おっ、クロック君にみんなもここにいたのか? リーゼ先生も……都合が良い」
不意に学年主任のスコット先生が声を掛けてきた。
「スコット先生どうしました?」
「エドアール教頭がお呼びだ。内容は……ここでは言えないが、キミなら察しがつくだろ?」
「まさか古竜のことですか?」
俺は小声で訊いてみる。
「流石、次期
「はぁ~い……」
スコット先生に窘められ、リーゼ先生は俺達と共に教頭室へと向かった。
「――急に呼び出してすまない、次期
「そう呼ばれると恥ずかしいです、はい」
普段通りの教頭室。
薄暗闇の中央で書斎机に両肘を立てて椅子に座る、エドアール教頭だ。
あれから顔を合わせる度に、前置きでそう呼ばれてしまう。
おそらく自覚を持たせたいのだろうが、俺としては「気が早くね?」って感じだ。
「近いうち嫌でもキミはそう呼ばれるようになる。さて、呼び出したのは他でもない。最近、出没したエンシェントドラゴンの件だ。一部で囁かれている通り、奴はネイミア王国や周辺各国を襲い、このミルロード王国にも目を付けようとしている。我が国から派遣した斥候部隊の情報によると、近辺の森で体制を立て直している最中らしいね」
なんでも各国に襲撃する度に、抵抗を受けて配下のエルダードラゴンやモンスターを大勢失っているとか。
背景として、何故かエンシェントドラゴンは自ら侵略しようとせず、ある程度配下に攻めてはすぐさま撤退するなど襲撃としては消極的な戦い方のようだ。
そうして配下のドラゴン達を失いつつ、無益な消耗戦をひたすら繰り返しているらしい。
「奇妙ですね……まるで自分の存在を各国にアピールしているだけのように見えます」
「あるいは、ミルロード王国に対してだ。ゾディガー王も不審を感じ、今の
「
「ああ密かにね。陛下よりある特別任務を与えられることになる。そしてクロック君、キミ達も
なんだって?
俺達が……現役の
「ちょっと待ってください! クロウ君達はまだ学生です! 騎士や兵士でもありませんし、国王陛下とて特別任務を与える権限はない筈です!」
リーゼ先生は反論する。
教師の立場として生徒の身を案じている様子だ。
普段はああだが、こういう部分では生徒思いの優しい先生だと思う。
対してエドアール教頭は「うんうん」と頷いている。
「リーゼ先生の仰る通りです。だから陛下から権限を持つ私に依頼が来たんですよ……クロック君達を呼び出してくれと。彼、ソフィレナ王女の件からキミ達に絶大な信頼を寄せていますからね」
「はぁ光栄な限りです。とりあえず行くだけ行ってみます」
予定より早まったが、ようやく現役の
先輩にあたる存在として興味があるぞ。
「それとクロック君……」
「はい、教頭先生」
「そのぅ……すまない」
おい、どうして間を置いて謝るんだ?
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